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「日本のダリ」古沢岩美の博物画

戦前の前衛絵画とりわけシュルレアリスムの受容史を調べていると度々古沢岩美の名に出くわす。

いつの頃か分からないが「日本のダリ」の異名を与えられた画家である。

 

1930年代のシュルレアリスム運動のオルガナイザーの役割を果たした山中散生が瀧口修造とともに企画した海外超現実主義作品展が、日本に西洋のシュルレアリスム芸術を本格的に紹介して大きな影響を与えたのが1937年。その後各地でシュルレアリスムを志向するグループが結成されたが、古沢は、その一つである創紀美術協会の主要メンバーの一人として活動し、 39年に前衛芸術グループを糾合した美術文化協会の創立に合流した。

 

しかし、1941年には、シュルレアリスム運動を主導していた瀧口修造と福沢一郎が治安維持法違反容疑で特高に逮捕され、はやくも戦前日本のシュルレアリスム運動は終息する。

 

古沢も、1943年に招集されて中国戦線に従軍、1年間の捕虜生活を送った後、1946年にようやく復員した。この戦争体験が戦後の古沢の作品に決定的な影響を及ぼすことになる。戦闘の残虐さ、権力の醜悪な実相、地べたを這いずりながらも生き延びようとする庶民の姿をシュルレアリスムの表現を借りて吐き出すように描く。その一方で彼は、まるで大地母神に触れることで精神の傷を癒やそうとするかのように、裸婦のデッサンを続け、タブローを制作する。

 

そんな画家が博物画を描いていたことを知ったときは、少し驚いた。

 

 

左は、金子孫市(文)・ 古沢岩美(絵)『世界の絵本 地球が生まれた』, 新潮社(1950)の第三版(1952年発行)。地球史に関する地学的知見を子供向けに書いた絵本なのだが、絵の表現力が半端無く凄い。

 

言わば「飯を食うため」に受けた仕事なのだろうが、一切手抜きのない本気の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一冊は、吉田健一『謎の怪物・謎の動物』,新潮社(1964)の 初版。

表紙絵と扉の絵を古沢岩美が担当している。

 

 

 

 

これらは『地球が生まれた』のためのデッサンが元になっているようだ。

この本ではむしろ著者が英文学者の吉田健一であることに驚いた。

 

 

ところで、話の本筋から外れるが、古沢岩美の画集で人物のポーズを見ていると、彼こそ「ジョジョ立ち」の元祖では?と思いたくなる。

 

おまけ。書斎入り口の絵。

 

描かれているのは、スペイン・アンダルシアの大地の化身である。