自由のための戦略:2002年のロバート・メイプルソープ展
ネットから消えた旧WEB日記の記事をピックアップして再論するシリーズ。
今回は、2002年に札幌芸術の森美術館で開催された「ロバート・メイプルソープ展:私のいのち、私の死」の話。
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2002-09-21
ロバート・メイプルソープ展
札幌芸術の森美術館の「ロバート・メイプルソープ展」に行く。メイプルソープについては、今まで写真集をざっと見た程度で、特に関心を払ってきたわけではないが、オリジナルを間近に見られる機会などめったにないので。
全体を見た感じでは、メイプルソープの関心は、或る「出来事」や「物と物との間の動的な関係」ではなく、「物」そのものにあるように思われた。例えば、ヌードでは、オブジェとしての人体が持つフォルムに対する関心が見られる。さらに、花をモチーフにした作品では、もはや人間が放つ熱的なノイズに煩わされることなく、花の持つ冷たい生命のフォルムを極限まで追求している。そして、その表現は、<物そのものが存在する、その在り方>という形而上学的な次元にまで到達しているとさえ感じられた。
題名は忘れてしまったが(たぶん「菊」)、青い一輪差しに生けられた菊のような花の写真は、本当に素晴らしかった。しばらくの間、その前に立ちつくしたほどだ。
メイプルソープにとって、美とは、物の属性ではなく、物が存在する、その在り方である。
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実を言うと、この展覧会の図録は買わなかった。
展覧会を見終わった後、売店で図録の内容を確認したとき、先刻見たばかりのオリジナルと図録の印刷との間のあまりの落差に愕然として、購入の意欲が霧散してしまったのだ。
今回、展覧会の内容を確認するため古書を購入した。
ロバート・メイプルソープ(写真),アプトインターナショナル(編):「Robert Mapplethorpe Retrospective」
(アプトインターナショナル, 2002)
これによると、当時感動した写真の題名は「アフリカン・デイジー」だった。
主な展示内容は、「Retrospective」と銘打っているだけあって、ヌード、花、著名人の肖像といった代表的な写真作品に加えて、初期のシュルレアリスム的なドローイングやコラージュ、自作のジュエリーが取り上げられていた。しかし、1970~1980年代の過激な性的写真作品は周到に除外されていた。
この展示内容に対して、<メイプルソープの芸術は、完璧な構図による古典的な「美」と禁忌に挑んだ「性と死」の表現が表裏一体となっている点に本質があるのであり、過激な表現を排除してしまっては、作家の本質を骨抜きにしてしまう>、という主旨の批判があったようだ。
興行視点でのリスクヘッジという側面は確かにあり得た。
しかし、当時の社会状況を考慮すると、たとえ全貌ではなかろうと、メイプルソープ芸術の普遍性を広く一般市民に知らしめる事こそが、この展覧会のミッションであったことが見えてくる。
当時、後に性表現の検閲基準に一大転換をもたらした「第2次メイプルソープ事件」の公判が行われていた。事件の時系列を整理すると、
・1994年: 出版社「アップリンク」が、米国で出版された写真集『MAPPLETHORPE』の日本語版を無修正のまま刊行。
・1999年: 同社の社長がこの写真集を持って米国に渡航し、そのまま帰国しようとしたところ、成田空港の税関により「わいせつ図画」として没収された。
・2000年: アップリンクの社長は、輸入禁止処分の取り消しと国家賠償を求めて東京地方裁判所に提訴。
・2002年: 一審の東京地裁は、「すでに国内で芸術的な書籍として流通していた」として、処分を取り消した。
・2003年: 二審の東京高裁は、「男性の性器を露骨に写したわいせつな図画だ」と認定し、一審判決を取り消して請求を棄却。
・2008年: 最高裁は、二審を破棄した上で日本国内への持ち込みを禁じた税関の処分取り消しを命じ、国側敗訴が確定した。
この事件の発端において、アップリンクの社長は既に国内で出版され流通している写真集を敢えていったん国外に持ち出した後、再び持ち込もうとした。この一見奇妙な行動の裏には、「国による表現規制の矛盾を突き、司法の場で白黒をつける」という明確な意図があったとされる。
2002年の展覧会は、通常の展覧会の準備期間を考慮すると、事件発端と同じ1999年頃から準備が進められたと考えられる。企画には民間会社のアプトインターナショナルと開催した美術館が関わっていた。当然ながら、公的な資料には事件との関りを示す情報は残されていないが、少なくとも、この展覧会の成功が、<メイプルソープ作品が大規模な展覧会に値する高い芸術性を持ったものであり、多くの国民がそのことを認めている>ということを実績として示し、結果として、アップリンクの社長が仕掛けた表現の自由のための闘争を側面から支援する役割を果たしたことは客観的な事実である。
さて、当時私が持った感想の背景について見てみよう。
ロバート・メイプルソープの芸術に、最後のそして決定的な深化をもたらしたのは、1986年のエイズ診断であったとされる。
自己の存在が自明であるとき、自己の属性が主な関心事となるのは自然なことだ。しかし、その自明性が揺らいだとき、彼は存在そのものを追求するようになった…、そして、彼は、対象からフォルムのみを抽出することで、そこに存在の在り方を見ようとしたのかもしれない。
彼のセクシュアリティや行動様式を反映した過激な作品群については、例えて言うなら固有振動数がずれた音叉のように私は何ら共感を持てない。それらは、私にとって「語りえぬもの」であるが故に、沈黙すべきことなのだろう。
YouTube:
Anne Bloom - "The Perfect Lie" (Acoustic)
さて、今回の風景写真は、百合が原公園の続き。







