「丸山隆彫刻展」(2004年)レポート(石の中の記憶、記憶の中の石) | Macrowavecat現像室

石の中の記憶、記憶の中の石

ホームページの日記データからサルベージした札幌芸術の森美術館「丸山隆彫刻展」(2004年)のレポート。

2002年に47歳の若さで病没した彫刻家丸山隆の追悼展と言うべき展覧会だった。

 

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2004-11-14
石の中の記憶、記憶の中の石


 札幌芸術の森美術館 「丸山隆彫刻展」へ行く。彫刻家丸山隆の名前は、「鋳物のある風景」で野外彫刻作品をいくつか取材した関係で良く知っていた。

 彼の作品、とりわけ石を使った彫刻を見たとき、決まって浮かぶイメージがあった。それは、古代文明の遺跡を前にして立ちつくす少年の後ろ姿だった。そして、彼について調べていくうちに、そのイメージがあながち的外れではないということが分かってきた。

 丸山隆は1954年長野県穂高町に生まれ、東京芸術大学大学院を修了(1979年)後、1984年に北海道教育大学札幌分校(現札幌校)に赴任した。長野県は縄文遺跡の宝庫と呼ばれ、尖石遺跡、井戸尻遺跡をはじめとする重要な遺跡が数多く発見されている。生地の穂高町でも後に他谷遺跡が発見されるなど、古代遺跡は丸山にとって身近な存在だったに違いない。そのような彼が、やはり手宮洞窟・忍路環状列石(小樽市)等の遺跡の豊富な北海道の地に来て活動したことには、何かの縁があったように思われる。

 私にとって、丸山は「石の彫刻家」である。確かに金属や木質を使った作品も手がけているが、やはり石が彼の資質に最も合っていたと、今回の展覧会でも感じられた。黒御影石を使った幾つかの作品は、まさしく遺跡あるいは古代建造物のための雛形だった。それは、本来その100倍のスケールで実現されるべきものだった。

 そのような丸山にとって、写真の「原風景」や石山緑地は彼のイメージを実スケールで実現できた数少ない機会だったのかもしれない。それらは、古代遺跡の地に生まれ育った彫刻家の遺した現代の<遺跡>である。


「原風景」 (撮影:1998年)

 

 

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石山緑地南ブロックの風景。