拾いもの・貰いもの・買いもの | Macrowavecat現像室

拾いもの・貰いもの・買いもの

タイトルを考えていて気付いたのだが、「拾い物」は拾った物、「貰い物」は貰った物だが、「買い物」だけは物を買う行為を意味する。この意味論的な構造の違いはもう研究されているんだろうか?

 

それはともかく、拾いもの。

先月厚田海岸で拾った黒ばら本舗の香水香油の瓶を洗った。

 

 

瓶の中には泥や緑色の藻類らしきものが入っていた。

 

 

 

予備処理として、瓶の中に洗濯用ハイターを注入して二週間ほど放置。

その後、カクテルシェーカー張りに振りまくって中の泥を流し出したが、内壁にこびり付いて取れないものがあった。

竹串を突っ込んでみたが、口が小さいせいで届く範囲が限られている。

「さて…」と、座禅を組んで(ウソ)考えついたのが、キムワイプの紙縒りを使う方法。

 

 

上の写真は洗浄後に中の水滴を吸い取っている場面だが、洗浄時は水を7分目ほど入れた後、こんな感じに紙縒りをねじ込む。紙縒りが水を吸ってキツネの尻尾のようなぽてっとした感じになるのを待って、瓶を振りまくった。

すると、キツネの尻尾が瓶の中で暴れ回って、こびり付いていた汚れがとれた。

ちなみに、普通のティッシュペーパーを使うと繊維がほどけて地獄を見るので注意。

 

 

次の拾いものはビーチグラスとメノウ。以前写真を撮ったがネタに使わなかった。

 

 

貰いもの。

アンモナイトのネクタイピンとキーホルダー。この写真もデジカメ画像のフォルダからサルベージした。

 

 

次の貰いものは、銀座菊廼舎の冨貴寄。食べる前に写真を撮っておいた。

 

 

買いもの。

書肆侃侃房という出版社から最近出された詩歌関係書籍。どちらも美しい装丁だ。

 

『葛原妙子歌集』の編者川野里子は、評論『幻想の重量─葛原妙子の戦後短歌』の著者。併せて読むと面白いかもしれない。

『左川ちか全集』の編者島田龍は大学で伊藤整や左川ちかを研究しているようだ。比較的最近まで左川ちかの作品の発掘が続いていたが、全集が出るということは、だいたい一段落したのだろうか。

 

ちなみに、ずっと本の購入をセーブしてきたのだが、今の出版状況ではこの手の本は何時絶版になるか分からないからなー。