原鯨類の谷
少し前の話になるが、石狩方面に向かう途中で北海道マラソンの交通規制に引っ掛かり、一時間近く抜け道を探して走り回ったものの結局は断念。大人しく自宅で標本整理をすることにした。
西サハラ産のドルドンの歯の化石(古第三紀始新世)。
ドルドンは原鯨類(ムカシクジラ)の一種で、こういうマイナーな化石は、産出ポイントの発見や仕入れルートの開拓などによって一時的に数が出回るが、そのうち潮が引くように見なくなったりする。
科博のドルドン・アトロクス(Dorudon atrox)。エジプト産。
ドルドンの顎部の拡大写真。この進化段階では、哺乳類によく見られる異形歯性が残っていることが分かる。
上の歯化石標本は奥側の歯に似ているようだ。
同じく科博の展示から、バシロサウルス・ケトイデス(Basilosaurus cetoides)。この種はアメリカ産。
ドルドンとは近縁種なので、歯の形は良く似ている。
次は、足寄動物化石博物館の資料。
エジプト産のバシロサウルス・イシス(Basilosaurus isis)の頭骨標本と解説掲示。
パキケトゥス・アトッキ(Pakicetus attocki) 。パキスタン産。
「最初のクジラ」パキケトゥスは始新世初期の時点で水陸両域で生活していたとされる。 一方、始新世後期のバシロサウルスやドルドンは完全に水棲に適応していた。そして、ドルドンまたはその近縁種から現生のクジラが進化していったと考えられている。
足寄の茂螺湾層(古第三紀漸新世後期)から産出したアショロカズハヒゲクジラ(Aetiocetus polydentatus)。
この種はヒゲクジラに属するが、現生のヒゲクジラに進化する途中の段階で、まだ歯が残っている。
以上の種の棲息時期を整理すると次のようになる。
・パキケトゥス: 約5,300万年前(始新世初期)
・バシロサウルス、ドルドン: 4100万年前~3500万年前(始新世後期)
・アショロカズハヒゲクジラ: 2500万年前(漸新世後期)
…すさまじい進化速度だ。
始新世は温暖化が極大となった時期で、漸新世に移り変わる頃に急激に気温が低下したとされる。
鯨類の海洋への進出と、原鯨類から現生の鯨類への交代はこれらの気候変動が関係しているのかもしれない。
さて、タイトルにした「原鯨類の谷」の話。
原鯨類について調べていたら、エジプトの世界遺産ワディ・アル・ヒタン(Wadi Al-Hitan)の情報に行き当たった。
ワディ・アル・ヒタンはWhale Valley(クジラの谷)という意味の地名で、エジプトの西部砂漠地帯にある。科博のドルドン、足寄動物化石博物館のバシロサウルスはいずれもこの地域で産出したものだ。
ワディ・アル・ヒタンに横たわるドルドンの化石。
(Source: Wikimedia Commons)
ワディ・アル・ヒタンには始新世後期前半バートニアンの地層が露出している。当時のこの地域には、テチス海が広がっていたらしい。ドルドンにはテチス海タイプ(Dorudon atrox)と北大西洋タイプ(Dorudon serratus)があるようで、最初の写真の歯化石は、産地から推測するとDorudon atroxであると思われる。
・Wadi Al-Hitan (Whale Valley) (UNESCO/NHK) - YouTube
もう一つの副産物。化石に関係した世界遺産は、昨年歩いたジュラシックコーストや今回調べたワディ・アル・ヒタンの他にも結構あることが分かった。ざっと羅列すると…
[中国]
・澄江動物化石群(古生代カンブリア紀前期)
[カナダ]
・ミステイクン・ポイント(エディアカラ紀中期)
・ミグアシャ国立公園(古生代デボン紀)
・ジョギンズ化石断崖(古生代石炭紀)
・アルバータ州立恐竜公園(中生代白亜紀)
[スイス/イタリア]
・サン・ジョルジョ山(中生代三畳紀中期)
[アルゼンチン]
・イスチグアラスト・タランパジャ自然公園群(中生代三畳紀)
[イギリス]
・ジュラシックコースト(中生代ジュラ紀~白亜紀)
[ドイツ]
・メッセル・ピット化石地域(新生代古第三紀始新世前期)
[エジプト]
・ワディ・アル・ヒタン(新生代古第三紀始新世後期前半バートニアン)
[オーストラリア]
・ナラコート哺乳類化石地域(新生代新第三紀更新世中期の氷期~現在)
・リバースレー哺乳類化石地域(新生代新第三紀漸新世~新第三紀中新世)
[南アフリカ]
・南アフリカの人類化石遺跡群(新生代第四紀)
立入禁止や採集禁止の所も少なくないが、中には採集可の場所もあるようだ。
しかし、今は世界中が物騒だし、何より先立つものが無い…。