江戸の失策を大阪で挽回作戦は不発。問責を逆手にとって出直し図るも。裏技や返し技、あいも変わらぬ格闘技。
朝日新聞 5月31日夕刊 素粒子より引用
うわ~、ねちっこいなあ。昨日、橋下大阪市長の問責決議案が否決されたが、この問題の火付け役として何か棄て台詞を吐かないと気が済まないのだろう。昨日もう終わった話だろうに、まだこういうことを言いたいというのは相当な憎悪があったのかもしれない。
いや、朝日新聞としては橋下市長の朝日に対するヘイトスピーチが先攻していたという認識なのかもしれない。橋下氏はだいぶ以前から朝日の論調に苦言を呈していたからだ。だとすれば多少の同情も出来ないことは無い。だが、ケンカの弱いいじめられっこではない。オピニオンリーダーであろう。しかも、言論に関しては橋下市長以上にプロのはずではないか。もっと他の切り返し方はないのだろうか?
私は政治的に保守的な考えを持っているが、ずっと朝日新聞を購読している。それは、橋下市長が文句をつけたいような記事に混ざってものすごくまともな論調の記事もあったりするからなのだ。そのあたりを総合すると他紙よりいいかなという判断なのだ。だが、こう粘着質の憎悪表現が続くといい加減うんざりしてくる。
「素粒子」はしばしば不快な表現が目に付くが書いている本人は自慢げな気がする。そこがまた不快感を助長するのだ。冒頭のものも、橋下、維新の会否定は憎悪が溜まっているのだろうからしかたが無いとして、悪い喩えとして格闘技が持ち込まれている。これって格闘技関係者が読んだとき不快感を抱くかもしれないとは考えないのだろうか? この無神経さと人権思想は両立するのだろうか? こんなことやってるから人権思想が本来持っていたはずの美質も汚してしまうのだと思うのだが如何だろうか。