ACの自分を抱えて生きていると、社会にでて、家庭の中で、人間関係の中で辛いことが多いです。
でも、最近思うのは発想の転換。
実はACの性質は、社会に貢献できる要素も多分にあると思います。

・リーダーシップ力
・カウンセリング力(人の話を聴く)
・洞察力
・マネージメント力
・忍耐力

etc・・・

自己嫌悪しているのは、「行動しない」「選択しない」を選択しているから。
誰のせいでもなく、生きているのは「自分」
そのことを常に常に踏まえて一瞬を大切にすること。
これが大事。
絶対大事だと思います。
ACは、やらなきゃいけないことを先延ばしにするところもある。
そうして、やらなきゃやらなきゃと焦り、でも自分は本当はやらないんだなぁと思いながら反省するふりをしたり、黙ってその場を通り過ぎようとしたりする。
昨夜、謝らなくてはならない人に謝罪してきた。
今朝、少し気持ちが楽に起きることができた。
これからのことを思うと、先は長いけれど逃げてばかりいる人生にピリオドしたい。
とにかく頑張るしかない。
頑張るだけじゃだめ、やらなくちゃ。
でも自分を縛り付けてもダメ。
過去ではなく、「今」を生きるために。
今日も、1日が終わる。
私は、何か1つやり続けた経験を持たない。
幼稚園、小学校、中学校、高校、大学・・・
「卒業式」に参列はしている。
でも、真の「卒業」は経験がないような気がする。

人との関係も、不自然に私から離れようとする傾向が強く「自然消滅的」である。自ら離れるという意思表示しなくても1番居心地の悪い思いをしなくてもいい方法・・
私の普段の細かい言動のその「意図」は「いかに傷つかないか」である。
「居心地のよさ」を優先するから、自分も他人も「成長」しない方向に仕向ける。
巧みな意図に気付く人には、たちうちできない居心地の悪さを感じる。
とても敏感なんだ・・・傷つくことに。
大人の私を本気で傷つけようとする人なんていない。
そんなに私を見ている人はいない。
頭で分かっているけれど、反射的に自分を防衛する本能がある。
だから、嘘、ごまかしが多くなる。

ここまでは分かる、そんな自分を否定するから悪循環。

「決める」「責任」・・・この2つは連動している。
だから、どんな小さなこともこの2つを実践してみる。
どんな小さなことも。
私を育てなおせるのは、私である。
弱い時、辛い時ほどチャンスなんだから。
苦しいと思う気持ちを否定せず、受け容れて、そして「どうするか?」である。
「決めた」なら実践あるのみです。
「実践」を「続ける」ことが「責任」に繋がるはずだから。

もう自分を偽り、ごまかすのはおしまい。
だから頑張るんだ。





人を裏切ったり、さげずんだり、おちょくったり、ひやかそうと思ってやっているわけじゃないのに。
いつも結果は、人を傷つけている。
・・・だから、できるだけ息を潜めてできるだけ目立たないように喋らないように意見といわないようにしてしまう。

心で本心で思うこと、欲求から感情から生きたい。
私は、いつもなぜか義務感から生きている。
生きなくちゃいけない?
そんなことはない、生かされていることへ心からありがたいと思いたい。

人はそんなに怖くない。
お願いすれば断られることがあるかもしれないけれど、自分が欲しいものに近づくことができるはず。
体裁を整えて、格好ばかりつけて、結局自分や周りの人の気持ちを踏みにじっている。

私の成功、幸せを望んで下さっている人々の心を感じるたびに、泣きそうになる。本気で私の人生考えて下さる人、私の根っこの部分を感じて下さる人、いつも応援してくれる人、そういう人達に報いようと必死になるが、結果はいつも体裁で留まる。
見栄っ張りの自分、自意識過剰の自分。

ただ、素直に感情を感じ、行動をするだけ。
それだけ。。。
こんなに頭で分かっていても、行動が付いてこない。
甘ったれの心が根付いていて、何かに依存しなければ、自分を感じられない。健やかな心を取り戻したい。
子どもの頃に置き去りにした心を。

今、どうしたい?
・・・ゆっくり眠りたい。
・・・勉強したい。何の?・・・英語、マッサージ、ビジネスマナー・・・
人との関わりを学びたい、体験したい、経験に変えたい。

本当に欲しいものは?
人を思いやれる心、自分を信じる強さ・・・です。
また、同じスパイラル現象でまたどん底に自分を追いやってしまった。
一言が自分を絶望感に追いやってしまった。

私は普段、明るく冗談好きで笑顔を絶やさず生きている。
でも、一皮捲れば孤独感と不安、恐怖の中で葛藤しながら日々を過ごしている。
"生きている"というよりも、"時間が過ぎるのを待つ"という受身な姿勢で。
そんな自分を否定する。
否定しても、逃げているだけだと自己嫌悪。

本気で生きたい・・・切に願うがいつも破綻。
人を裏切り、自分を閉じ込め、私の中の子どもが泣いている。
今更子どもの頃の話なんて・・・被害者になっても仕方が無い・・・
理屈でわかっていても、とっさに振舞う自分は清く正しく生きているふり。
そうして、いつものお決まりのパターンで人を裏切り、スパイラル現象が起こる。早く脱したい、抜け出したい、活路を見出したい、焦れば焦るほど、無責任なことをしてしまう。

私は、子ども、いやそれ以下。
もっと自由に羽を広げて飛び出したい。
何もかもほったらかしにして逃げ出したい。
それが自分の今の欲望。

もう逃げ回りたい!!!
でもできない、やらない自分もいる。
アダルトチルドレンという言葉を知り、もう10年。
過去5年で私は回復しきったと思っていたが大きな錯覚。
今、まさに同じ位置で足ふみしている。
上手くいかないからこうして、またアダルトチルドレンという言葉に依存する。
こうして、私はまた自己否定を始める。

それでも、1つ。
やり続けることは1つ。
「自分を信じること」
そのことができ、やり続けることで、思いやりという芽を成長させることができるかもしれない。