今から7~8年前にある出来事を機に自分の発する言葉を変えるよう意識し始めました。


例えば「~させられた」「~と言われたから」「~されたから」という受身的な表現をやめました。

すべての主語を「私」にして「私は~を選択した」という表現を意識し現在もやり続けています。

私はすぐに人の責任にしようとする癖があります。

自分の人生は自分が主体なのだから、「~をやらされている」という感覚は必要ないのです。


他力本願、ネガティブ思考を修正することは時間やエネルギーを必要としますが、何よりも大事なことは「気付き」ではないでしょうか?

根本的な自身のポリシーを築いてそのポリシーを曲げることなく1つ1つをやり続ける・・・・

たやすくないですが、それが過食症から脱却するための1つの手段でもありました。


2歳の頃からの記憶がある私だから、いろいろな出来事と繋がりを思い出そうと思えばいくらでも出てくる。


ただ、過食症を克服してからは、「忘れる」という能力が発達したように感じる。

日常生活の中では、めったに過去のことは出てこない。

ひどい時には昨日のことさえ忘れている。


過食症の根源は、「自己否定」である。

その「自己否定」感は、過食症を克服した今でも根強く巣を括っている。そして日常生活の中に不便さを生じさせる。

「自己否定」感を育てた(?)のは紛れもなく母の過去の経験からくる否定的な考えであるが、それもやっぱり今となっては、「過去の出来事」にしか過ぎない。


何が言いたいのかというと「母」や「父」や「過去」を責めても自分の壁(問題)の克服にはならない!ということである。

人にはいろいろな思いがあると思う。

誰が見ても聞いても「被害者」の立場になってしまうこともあるかもしれない。


でも、「事実」を受け容れる強さを鍛え、「被害者」という甘い蜜を吸うことをやめちゃえばさほどストレス社会でもないように感じる。


変えることのできない過去を受け容れる強さは、今この時点からの「幸せ」を創っていく強さでもある。

8年間、辛かったけれど今となってはよくもまぁ8年間も「悲劇のヒロイン」していたなぁと思う。

ただ、あの辛さを自分の中で軽んじたり、否定したりはできない。

過去を大事にしたい気持ちがあるからこそ、「被害者」であることをやめたのだから。

母を大事にしたい気持ちが根底にあるから、大きい意味での「自立の道」を選び続けるんだから。


朝起きたら、「食べる」ことを意識し始めるようになってしまった高校2年生の冬。

それまでは、お腹一杯、お腹空いた、が普通だったし、「食べる」ことはごく自然だったはずなのに、それがうまくいかないことが何よりも辛かった。

全ては「食べる」ことに支配されるような毎日で、勉強どころじゃなかったし、人と話していても何かしら不自然な感じだった。(もうその頃の感覚は覚えていなくて、ただ、辛かったとしか言えない)


でも、思い起こせば、子どもの頃からずっと変な行動が多かった。

おしっこを我慢する、髪の毛を抜く癖(これが結構ひどかった)、まつげを抜く癖、自慰行為(トムソーヤーの冒険でトムがお仕置きされるシーンを思い出しての自慰行為だった)

私は小学校6年生までおねしょをしていた。

小学校低学年の頃は、朝の5時、6時にたたき起こされ、お尻を何度も何度も平手打ちをされていた。

「あんたは、どうしておねしょばっかりするのよ!!」と泣きながらヒステリックに怒られていた。

私はもう抵抗することが無駄だと思っていたので、「明日こそはおしっこをしないように」と誓うのだが、また同じことをしてしまう。この世から消え去りたかった。


鏡を見てもブスとしか思えなかった。頭が悪くて何のとりえもないと思い込んでいた。

人見知りも激しくて、「もう生きている価値がない」と真剣に思っていた。

過食症がなおってからというものの、本当に別人のような顔立ち、雰囲気になった。

本来の「自信」を取り戻したかのような感じである。


いろいろなことを思い出すが、過食症の時期と、今との明確な違いは1つ。

「絶対的な母親」という固定観念が180度変化したことである。

母親教からの脱会という感じだろうか・・・

母の歪んだ卑屈な考えは、今の私には生理的に受け付けない。

距離を置くことしかできなくなった。(嫌いなわけではない)


・・・それでも、母に鍛え上げられた「卑屈精神」はよく顔を出す。

「他力本願」「依存的」「他罰的」「責任転嫁」「わがまま」「ずるい」「甘ったれ」「傲慢」「思い上がり」・・・母を形容するとネガティブな言葉がどんどん出てくる。

そのことが自身にも当てはまるから人一倍上記の臭いがする人を「忌み嫌う」傾向が強い。

なんだか「巻き込まれる」ような気がして(実は自分が巻き込んでいくかもしれないという恐怖があるからなのだが)


・・・母親のことを書き出すときりがない。



忘れもしない17歳高校2年生の11月30日、私は生まれてはじめての「失恋」を体験した。

心に針が刺さったのか??ってほど痛くて苦しくて泣きじゃくった日だった。

外に出ても家にいてもみるもの全てがどんよりとしていた。


塞ぎこんでいる中、親友が彼氏と一緒にお見舞い(?)に来てくれた。

ACの私は、人が家に来てくれるとなると痛い心ではあるものの、100%無理していろいろ話した。

多分、今の私がその頃の私の近くに居たら、「もう一緒に居たくない」と即座に帰ってしまうと思う。

ジメジメした嫌な女の子だった。

そのときの友達がケーキを5つくらい買ってきてくれた。

美味しいケーキ。

2人が帰った後は、一気にケーキを食べた。

これが「なんかおかしい」の最初の体験だった。


それからというものは、坂道を転げ落ちるかのように、「依存症」の心が私を支配しダメなダメな人間になっていったような気がする。(といっても、周りの人が私をダメだなんて一言も言ってないですが)

それでも、心が反応しなくなってしまい自分が自分でないようなそんな感じで学校生活を過ごしていた。


とにかく、その冬は4,5キロ一気に増えて太っていってしまったのである。

何を食べていたのか?きっとお菓子(チョコレイト)だろう。

あとは、残りものの冷ご飯。

夜中にこっそり「隠れ食い」をしていた。

なんだか、食べている時だけが自分を感じられたような気がする。


毎日つまらなくてしんどかった2年生だった。


日常生活がままならない人がこの時代に沢山いるはず。

仕事場や学校では、普通にしていられるけれど、「仮面」を被っていると思いこんでいる人も沢山・・・


私は2歳の頃の記憶が鮮明に脳裏に焼きついていますが、自分自身を知るために現在から過去に向かって自分自身を解き明かし続けています。

過去から現在よりも、現在の問題から過去に向かってルーツを掘り下げることでいろいろなことが見えてきます。


ちょうど21歳の頃、いろいろなことに気付き始めていた頃です。

21歳といえば、まだまだ過食症まっさかりの頃でしたから、それを治したい思いで文献を読んだり、大学の先生の言葉をヒントに自身の心の闇と向き合いました。


結論を先に書いてしまうと、私自身の考え方、物事への姿勢次第で同じ出来事でも捉え方が全く異なるということが事実なんだという実感をすることが、多くの(心の)問題の回復への活路なのだと思います。


過食症は、絶対なおります。

「治したい」という思いが強ければ強いほど、早くトンネルから抜けることができます。

思い出すことをまた、書き綴っていきます。



日常生活がままならない人がこの時代に沢山いるはず。

仕事場や学校では、普通にしていられるけれど、「仮面」を被っていると思いこんでいる人も沢山・・・


私は2歳の頃の記憶が鮮明に脳裏に焼きついていますが、自分自身を知るために現在から過去に向かって自分自身を解き明かし続けています。

過去から現在よりも、現在の問題から過去に向かってルーツを掘り下げることでいろいろなことが見えてきます。


ちょうど21歳の頃、いろいろなことに気付き始めていた頃です。

21歳といえば、まだまだ過食症まっさかりの頃でしたから、それを治したい思いで文献を読んだり、大学の先生の言葉をヒントに自身の心の闇と向き合いました。


結論を先に書いてしまうと、私自身の考え方、物事への姿勢次第で同じ出来事でも捉え方が全く異なるということが事実なんだという実感をすることが、多くの(心の)問題の回復への活路なのだと思います。


過食症は、絶対なおります。

「治したい」という思いが強ければ強いほど、早くトンネルから抜けることができます。

思い出すことをまた、書き綴っていきます。



ブログを始めて、数ヶ月が過ぎようとしている。

「自分との対話」「心の解放」「壁を乗り越える」などと思いながら始めた。

相変わらず私は抽象的だなぁと思う。


私の場合、自身がACであることは随分前に気付いている。

5年前に過食症が治り、随分楽になっている分、成長させてこなかった部分があることをどこかへ置き忘れてしまっていた。最近いろいろな出来事の中で「忘れていたこと」を自覚するようになった。


嘘、ごまかし、調子よく振舞う、無責任・・・

↑この様が露呈されることが多々ある。


もう1度自身を育てなおして、おざなりにしてきた様々なことを丁寧に成し遂げようと思う。


私自身が、自分自身についてもう1度棚卸作業を行い過食症を克服してきた過程を書くことで、このブログを読んで下さるACとお思いの方が何かしらヒントを感じて頂ければいいなぁ・・・と思うようになってきた。

特に過食症で悩んでいる方々にとって有益なことが書けたら・・・と思うようになってきた。

おこがましいかもしれないけれど・・・。


いろいろなことを具体的にしていきたい!逃げたくない!というのが今の気持ち。


ACを自覚したあらゆるアディクション(依存症)は、必ず本音で生き、心から喜怒哀楽を表現できる日が来ると私は信じている。そのことは私自身に対する思いでもある。

刷り込まれている行動パターンは、そう簡単に変わらない。

変わらないから、そのままにするのか?変えていこうと努力するのか?

どちらかの選択。

選択をするには、「簡単に変わらない・・・という事実」を受け容れることが優先である。


私は自己否定をすることで、あらゆる「事実」を受け容れてこなかったのだと思う。

自己否定をすることで、現実から逃げていることができたのだと思う。


「簡単に変わらない事実」を受け容れていく決意ができてきた。

今更だけれど。

人間は、気付くことが大事というが、気付いただけでは何も変えていくことができないんだ。

知ってるけどやらなければ、知らないことと同じである。


私は、どれほど投げ出したくなったとしても、「やり続け」ようと思う。

"今、ここ"での「決意」の連続が何よりも大事。

「決意」があるから「行動」に移せるんだから。


私自身の為に等身大の私を受け容れます。

悪い癖で、人からの指摘に対して、「しゅん」とした表情をしてしまいます。


ネガティブな考えが原因です。

人から受けた指摘には「ありがとう」の心を持ったほうがいいと思います。


私はプライドが高くて、人から何か言われたり、人の訝しげな表情を見ると、「自分を正当化」します。


私の母の言動は全て「自分は悪くない」ということを誇示していました。

私は、「母は悪くない」ということを近所の人や親戚の前で一生懸命示そうとしてきました。

20歳の頃まで、母のことを「とても不幸な可愛そうな人」と思ってきました。

母の不幸は、父や父親の家族のせい・・・と思い込んできていました。


今思うことは、母は「人への感謝、生かしてもらっていることへの感謝」が足りない(感じることができない)とても不幸な人間だったんだということです。


うまく表現できませんが、私は「自分は悪くない」と「言い訳」をする自分を成長させたいのです。

「素直な心」を「行動」にうつすように意識してみます。


目の前の人、関わっている人達にとって1番良いことは?の本質的な視点にたったところから、自分の行動を起こしていきたいと考えています。


私の「自己覚知」の作業はまだまだ続きます。

知らず知らずのうちにストレスが溜まっている・・・

というよりも、ストレスを感じない為に、無意識に「避ける」ようにしている自分に気付きます。


「避ける」ことが私の成長を止めてしまうんだろうなぁと思うのですが・・・

最近はやっぱり落ち込み気味。


自分の気持ちを聞かれると黙ってしまう。

気持ちは?と聞かれてもわからないから、本当にそれがストレスなんです。


人が5分で済ませることを私は2倍も3倍も時間をかけたりしてしまう。

何かをしようと思ってもイメージがわかない。

これが本当に辛いことです。

なんだか、少し疲れてきてしまいました。