安全とか安心とか | マクロビヨリ

安全とか安心とか


お久しぶりです。
「そもそも1」
を書いた後になんとなくもそもそしていたら、
こんなに月日が経ってしまいました。
震災があり、自分が何を語れるのだろう?と思い、
なんとなく、ことばの出て来ないような日々でした。
今何かことばは出て来るのかなと思っても、
ちょっとよくわからなかったりするのですが、
ひっそり静かに再開します。

最近、自分が食べているものや、
食べていないものについて思ったのですが、
考えてみれば自分はかなり特殊とも思える判断で、
食べるものと食べないものを分けているようで…
「~ようで…」というのはまぁよくわからないで、
なんとなくおかみさんの知識に基づいたりしてる
というのもあるからなのですが。

でも自分が食べてないほとんど全てのものも、
国なり何なりの安全の基準に基づき流通しているのですよね。
そのことについて異を唱えているわけでも、
ましてや嘘つき呼ばわりするわけでもないのだけれど、
食べたいものがあって食べたいと思える基準のようなものがあり
食べるものと食べないものを選んでいるわけです。

それでよいように思うのです。ぼくは。
だって食べたいものを食べたいじゃないですか。

国なり何なりが大きな枠で基準を決めて、
その中である程度個人個人で自分に合った選択をしていって。

ひとりひとりが安心ができるようなことって、
もしかしたら個人的な感覚に基づくものなのかもしれませんし。
個人的な感覚なのだし、みんなが同じでなくてもよいのだから。

安全の基準はお任せしますが、安心の基準は自分で決めます。
というようなところなのでしょうか。

「そもそも2」はまたの機会に。