私がほぼ毎日通っていた稲生沢川の淵に
お吉が身を投げたのは
明治23年(1890年)3月27日お吉50歳の事だった。
お吉が17歳の時、
頼まれて、ハリスのもとに・・・
支度金25両の上に、一年の給金120両もくれるという・・
一生涯見ることのないような大金、
恋仲だった鶴松にも『苗字帯刀』が許されるという、
色んな条件が提示されハリスのもとへ・・
しかしその後のお吉に対する世間の目は、
予想以上に冷たく、非常だった。
酒におぼれる人生となり、
50歳で命を絶つことに・・・・
私たち女性の地位は
こんなところから現在まで向上してきたのです。
奇跡が起こったような気もしますね!
しかし世間とかまわりの目はまだまだ
長足の進歩は遂げていないような気もします。
そして今ならありえないことのもう一つが
吉田松陰の下田での出来事でした。
〜☆
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