さて、あの編み始めたセーターはどうなったのか?
もちろん編み続けていましたよ(^_-)-☆
しかし父親から冷静に発せられた言葉
『縁を切ってから、結婚しなさい』は
余りにも感情がなかったので、
それが私にも移ったかの用に、
感情的にならずに自分のことを考える事ができました。
そうすると、結婚の可能性はどんどん低くなっていきました!
運動手技を勉強し始めて、
私の日本での日常もどんどん忙しくなってきました。
私にとって、運動手技との出会いは
新しい世界との出会いでした。
マクロビの大森英桜先生以来、
私が尊敬し信頼できる先生に
何人にも出会うことになった
運動手技との出会いでした!
そして昨日お話ししていた仕組まれた式根島ツワーというのは、
ある人と私を合わせるための下田ツワーであり
さらに式根島ツワーだったというわけです。
ある人というのは下田に着いた時、
私を迎えに来てくれた杉野さんというおじさん?
いや青年でした!
