『ザ・カー』は1977年に公開されたアメリカのホラー映画で、運転手のいない黒い車が小さな町の人々を恐怖へと陥れるお話です。


普通の車が「意思を持った存在」となって暴走し、住民たちが翻弄されるというシンプルながらとても印象的な題材を扱っています。


この映画の舞台はユタ州の田舎町サンタ・イネスです。ある日、町に突如として現れた漆黒の車による連続ひき逃げが発生し、保安官ウェイド・ペアレント(ジェームズ・ブローリン)が捜査を開始します。


しかし、車には誰も乗っていないことが分かり、町は混乱します。


しかも、その車は銃弾をものともせず、まるで人間のような執念深さで人々を追い詰めます。愛する人や同僚までも犠牲になり、町の住民が「悪魔的存在」への恐怖心に覆われていく様子が描かれています。


神聖な場所や墓地には決して入れず、ただ執拗に人を襲い続けるこの車。ついには保安官と町の仲間たちが力を合わせ、車を峡谷へとおびき寄せ爆破する作戦に出ます。クライマックスで炎の中に“悪魔の顔”が浮かび上がる印象的な演出が加えられていますが、果たして本当に終わったのかと視聴者に不安を残したまま幕を閉じます。


主役とも言える殺人車は1971年製リンカーン・コンチネンタル マークIIIがもとになっています。この車の不気味な存在感も大きな見どころです。



感想

『ザ・カー』は、「普通の車が突如として制御不能な悪」として描かれている点が非常にユニークです。


何より、説明されない怖さがじわじわと心に残ります。車が現れるたびに不気味な風が吹き、理不尽な恐怖が日常に忍び寄ってきます。


「なぜこの車が人を襲うのか」という根本的な謎は最後まで明かされません。そこに説明を与えすぎないことで、観ている側も、登場人物たちと同じく理解不能な恐怖に直面させられます。


主人公ウェイドはスーパーヒーローのような強さではなく、ごく普通の警官として、町の平和と家族を守るため必死に行動します。


恋人を失い、仲間を失い、ときには弱さを見せながらも奮起する姿に、人間らしい苦悩や葛藤が宿ります。それゆえ、クライマックスとなる車との壮絶な戦いにもリアリティと重みが生まれています。


また、カスタムカーの造形美や実写スタントによるアクションも必見です。CGではなく本物の車や爆薬を使うことで、荒野に響くエンジン音や爆風など、1970年代ならではの迫力がスクリーンから直接伝わってきます。


脚本については説明不足や唐突な展開も多いものの、「理由もわからない恐怖」「ご都合主義の謎」といった“曖昧さ”こそが本作の魅力でもあります。


この感覚は、普遍的な恐怖や不条理と日常の切り離せなさを描いたカルト・クラシックにふさわしい特徴だと感じました。


また、荒涼としたアメリカの土地や、寡黙な町の人々の描写など、舞台設定による雰囲気も映画全体に独特な重たさをもたらしています。


とくに車が墓地の外を苛立ったようにぐるぐると回る場面は、神話的ともいえる「一線を越えられない悪」の演出として強く印象に残ります。


『ザ・カー』は、単なるホラー映画の枠を超え、「説明しきれない悪意」や「見えない恐怖」を表現した作品です。現代の洗練されたホラーやスリラーと比べて、演出はやや古さも感じますが、だからこそ体験できる緊張感や荒々しさがあります。


カーアクションやカスタムカー好きな方、カルトホラーに興味がある方はもちろん、不条理な恐怖が好きな方にもぜひ一度見てほしい一本です。