■黒柴ひなた、黒柴あおい、赤柴そら
■父と3兄弟の歴史
父、犬を飼う~ 犬嫌いだった男が、柴犬3匹と暮らすに至った物語
昨日でちょうど10年がたちました。
あの大地震で何も失わなかった私たちは、もうあの時のことを思い出すことはほとんどなくなっています。時間とともに記憶が風化していることを実感します。
そのことを強く感じたのは先月の地震でした。10年前の地震以降は少し揺れ始めると「まだ続くのか?」「もっと強くなるのか?」と恐怖が全身に走り、胸のあたりにヒヤッと何かが降りて来ていました。
でも先月の地震ではそれがありませんでした。もう私の中ではあの記憶は消化されていたのです。私の心は10年の歳月をかけて恐怖を忘れることができたようです。
そんな私の薄れゆく記憶はなんとか知識として覚えていたいと思っています。
父が更新
時代の進化によって防災は大きく変わっています。10年前はガラケーとスマホを持っていましたが、今はスマホしかありません。電池が2日ももたないスマホでは電源確保に苦労することでしょう。車のエンジンをかけて充電したりして使っていましたが、これがもし電気自動車になればかなり心もとないことになります。モバイルバッテリーを2個満充電しておけばなかり安心です。
携帯電波は基地局の電源喪失ですぐに届かなくなったので電話や情報端末としてはほとんど使えませんでしたが、FMラジオが聞けたのでラジオを聞いていました。聞いていない時は電波が復活するまでは電源オフにして電池を節約してしのぎました。
そして当時は今よりも現金を使っていたので財布にはわりと現金が入っていました。そもそも買えるものが殆どなかったこともあって現金が引き出せなくて困ったような記憶はありません。でも現金をほとんど使わなくなった現在では電子マネーが一切使えなくなったらかなり苦労することが想像できます。いくらかの現金は常に持っているようにしたほうがいいのでしょう。
東北の3月上旬といえばまだ冬です。電源の切れた冷蔵庫の中身も電気が復活する4日後まで持ちこたえました。石油ストーブでご飯を炊いたりお湯を沸かしたりできたことが生活を大きく支えてくれました。これが夏だったらすごい腐敗臭とハエに埋め尽くされたかもしれません。夏は水の消費が増えるのでそこも問題になるでしょう。
冷凍庫は普段からいっぱい詰め混んで凍らしておいて、停電したら開ける回数を減らすことが重要です。水を運ぶのには台車が役に立ちました。
そして今との一番の違いは当時は我が家には犬がいなかったことです。この違いはとても大きなものです。災害時にはペットのご飯や水の確保や排便は飼い主にとって大きな負担になるため普段の準備が重要だと思っています。ドッグフードは大きい袋で2つ買い。水をためておき定期的に入れ替える習慣が大事なのでしょう。
天災は忘れた頃にやってくる。もう忘れて来ている私は自分自身に言い聞かせています。