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「ある阿呆」の考察

明治大学商学部卒。
農業、日本語教育を生業とする。
日々感じていることを表現してみたいということで
稚拙な文章を書いています。

 我が家の小屋(農具をしまう建物)では、日本史の歴史資料がひっそりと保管されています。

 

 どの日本史の資料集でも写真か絵が掲載されている「唐箕」です。(私が愛用している「詳説日本史図録」(山川出版社)にもP161に絵が掲載されています。)

 

 小学校の「社会」の教科書にも「唐箕」が載っていたことを覚えています。

 

 「唐箕」とは「穀粒を鼓胴に落とし、羽根をまわして籾殻・塵芥を箱の外に飛ばす」道具です。

 

 私の家の近所にある神社に設置してある村の歴史を説明した掲示板によれば、江戸時代初期に越後国(現在の新潟)から移住してきた「柴田(新発田?)」という一族が私の住んでいる村を開いたと書かれています。

 

 しかし、私は歴史のある村に住んでいるのですが、私の家は明治時代か大正時代に徴兵を逃れるためにつくられた分家です。

 

 「唐箕」が分家である私の家にあるということは農業が機械化される以前まで使われていた可能性が高いということになります。

 

 私は詳しくは知りませんが、我が家に機械を導入したのは戦後、暮らしに余裕が出てからということらしいです。

 

 また、現在住んでいる家を立て直す前の家では、「牛小屋」がありました(私が生まれた頃には牛は飼われていませんでしたが)。「牛耕」も行われていたということです。

 

 私の家にある「唐箕」や以前住んでいた家にあった「牛小屋」のことを考えてみると、江戸時代の農業のスタイルが戦後まで続いていたのだと私は考えます。

 

 自分の家で歴史が学べるというのは幸運だったと思います。