先日、突然一つの仕事がなかった事になった。
周りは、「そこまでプランを練らせておいて、なかった事にってどういう事だ!
同じようにプレゼンできる機会もなく、判断するって不公平ではないのか?!
抗議してもいいのでは?」
と怒る人もいたけれども、
とても興味のある分野の仕事だったので、
残念ではあったが、不思議とショックではなかった。
先方には、「よいプランがあがってきてよかったですね。」と、
素直にそう述べた。
本気でそう思ったからそう言わせて頂いた。
関われなかった事には、意味があると思っている。
それは、自分の実力不足という事とは別に、
先方との波長が違うという事も一つあると思うけれども、
今ある仕事に全力で取り組んだ先に道が繋がっていくイメージができるからだ。
そして、先日文学座の友人夫婦から、
とある大学の演劇課の公演で”衣裳アドバイザー”として
学生たちと関わってくれる気はないか?
との打診を頂いた。
ただ、関東の大学という事もあり、
いろいろとすりあわせなければならない問題も多いのですが、
おもしろい話だと思っている。
私が抱えている公演との擦り合わせもしなければならない。
やっぱり、物事は悲観的に考えず、楽観的に捕らえた方が、
うまく歯車が廻っていくものである。
そう思えてならない。
そして、自分のとった言動は間違っていなかったと、
改めて思っている。