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マックムールのブログ

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東大阪のパチンコ店の日々の素顔が見れるブログだよ

      6月13日 FMの日

  「F」がアルファベットの6番目、「M」が13番目であることから、FMの日とされています。 Frequency Modulationの略がFMで、電波周波数を信号波の振幅に応じて変化させる方式です。

他の記念日

小さな親切の日
 1963(昭和38)年、「小さな親切」運動本部が発足しました。
 その年の東京大学の卒業式の告辞の中で、茅誠司総長が「小さな親切を勇気をもってやってほしい」と言ったことがきっかけとなって、6月13日に茅氏を始めとする8名の提唱者が、運動を発足させました。      

鉄人の日
 1987(昭和62)年、プロ野球広島東洋カープの衣笠祥雄選手が、2131試合連続出場の世界記録を作りました。
 それまでの記録は、アメリカ大リーグのルー・ゲーリック選手が持っていました。

夏の風物詩「花火」

夏の風物詩といえば「花火」。全国各地で花火大会が催され、大勢の人で賑わいます。
ドーンと言う大きな音に心が踊り、夜空に花咲く色とりどりの輝きにワクワクしてしまいますよね。また、家族や仲間で思い思いの花火を選び、庭先でするのも楽しいものです。
さて、花火はいつ頃からあったのか、また、どんな種類があるのか、そんな豆知識を知っておくと、一味違った楽しみ方ができるかもしれません。

 

花火.jpg

 


■花火の歴史
花火のもとである黒色火薬は中国で発明され、相手を威嚇したり火事をおこしたりする武器として使われていました。やがて通信手段のノロシが夜にも用いられるようになり、火薬を煌かせる技術が花火へと発展していきました。
鑑賞用の花火は、14世紀にイタリアで作られたといわれ、その後、大航海時代と共に世界中に伝わっていったのです。

 

日本へは1543年、種子島に火縄銃とともに火薬が伝来しました。そして戦乱がおさまった江戸時代になってから、観賞用の花火が登場してきました。
天正17年(1589年)に伊達政宗が鑑賞したとか、慶長18年に(1613年)イギリス国王の使者が駿府城の徳川家康を尋ね、持参の花火を見せたという記録があります。この時、家康が見たのは竹筒に火薬を詰めて火を噴くだけのものでしたが、三河地方に残る「手筒花火」はこの名残だといわれています。その後花火は急速に発展し、江戸で開花していったのです。

 


■江戸の花火
花火は将軍家をはじめ諸大名の間で流行し、江戸の大川端(隅田川の下流右岸一帯の称。大川=現在の隅田川)の下屋敷での年中行事となりました。やがて町民の間にも流行し、花火師や花火売りが登場しましたが、花火が原因の火災が多発したため「花火禁止令」が出され、花火を行う場所は大川端のみ許可されることになりました。
その後、享保17年(1732年)に全国的な飢饉とコレラが流行し多数の死者が出たため、享保18年(1733年)の川開きで慰霊と悪疫退散を祈願する水神祭が催され、盛大に花火が披露されました。これが「両国川開き花火」(隅田川花火大会の原型)の始まり、つまり花火大会のルーツと言えます。

 


■花火の掛け声の定番「たまや~」「かぎや~」ってなに?
この両国川開き花火で活躍した花火師が、「玉屋」と「鍵屋」。当初は鍵屋六代目弥兵衛が打上げを担当していましたが、やがて鍵屋の番頭が暖簾分けをされて玉屋市兵衛を名乗ると、川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となりました。これを応援するための掛け声が「たまや~」「かぎや~」だったのです。

 

ところが、「玉屋」は不運なことに火事を起こし、江戸を追放されてしまいました。しかし、今も「たまや~」の掛け声のほうが多く、その後も掛け声の代名詞として現在に至るのはなぜでしょう?ひとつは花火の技術が勝っていたから。もうひとつは、語呂が良いので掛け声を掛けやすかったから。そして、江戸っ子気質がそうさせたから。
『橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし』
これは、実力があったのにたった一代で花火のように消えた「玉屋」への愛情を示した狂歌で、「情」に「錠」をかけており、「鍵屋の声がねぇのもしかたがあるめぇ。錠がねぇんで口が開かねぇ」という詠み手の洒落を含んでいます。

 

「鍵屋」はその後も様々な花火を開発して日本の花火界をリードし、現在は女性当主が鍵屋15代目として活躍中です。音にこだわり、日本古来の花火である"和火"復活に力を注ぐなど花火の魅力を高めていますので、ぜひ「かぎや~」と掛け声をかけてあげてくださいね。

 


■打上花火、仕掛花火の種類
「かぎや~」と掛け声を楽しむだけでなく、せっかくですから、花火の種類も知っておくと、花火見物がますます奥深くなってくるかもしれません。

花火は大きく分けると、打上花火、仕掛花火、おもちゃ花火(玩具花火)の3種類に分けられます。ここでは、打上花火と仕掛花火の種類について紹介します。


 

花火2.jpg

 

【打上花火】
打上花火には、「割物」「ポカ物」「型物」などがあります。
割物:いわゆる一般的な打上花火。空中で開花後、多数の星が尾を引いて広がる

    「菊」、 尾を引かず点で大輪を描く「牡丹」、二重三重に円を描く「芯物」などが

    ありま す。
ポカ物:打ち上げると玉がポカッと2つに割れ、星や細工が飛び出したり、中身がこぼれ

     落ちるように見えるたりする花火で、「蜂」や「柳」などがあります。
型物:空中でいろいろな形を描くもので、ハートやリボン、チョウチョなどがあり ます。
次々打ち上がる花火を見て、「これは割物、これはポカ物」などと言えたらかなり花火通に思われるかもしれませんね。

 

【仕掛花火】
仕掛花火は、一端の導線に火をつけると、全体に移って文字や形などを描いたり、幾つもの花火を組み合わせて一斉に点火するものなどがあります。「ナイアガラの滝」が有名ですが、よく耳にする「スターマイン」も仕掛け花火の一種。いくつもの花火を連続的に短時間に打ち上げ、その組み合わせでひとつのテーマを描き出すものです。

 


花火は光(色)、音、煙、形の4つの要素が織りなす真夏のスペクタクルとも言えます。この夏は花火大会に出かけて、お気に入りの花火を探してみては?

       6月12日 日記の日

 1942(昭和17)年のこの日、ユダヤ人の少女アンネ・フランクが日記を書き始めました。
 これがあの有名な「アンネの日記」の始まりです。
 この日記帳は彼女がアムステルダムの隠れ家に入る少し前、13歳の誕生日に父から贈られたものでした。

他の記念日

 恋人の日
 ブラジルでは「縁結びの神として崇められているアントニオの命日の前日であるこの日を「恋人の日」として、恋人同士でフォトフレームを贈りあう習慣があります。
 そんな習慣を日本にも普及させようと全国額縁組合連合会が1988(昭和63)年に制定しました。

 バザー記念日

 1884(明治17)年、日本初のバザーが開かれました。
 鹿鳴館で上流階級の女性たちが手工芸品を持ち寄って開いたもので、3日間の入場者は1万2千人に上りました。

 エスペラントの日
 日本エスペラント学会が制定。
 国際共通語として作られた人工言語・エスペラントの日本エスペラント協会が設立された日。

 宮城県民防災の日
 1978(昭和53)年、M7.5の宮城県沖地震が発生し、死者28人を出す大惨事となりました。
 県民の防災意識を高めるため、宮城県各地で防災訓練が行われます。

 お久しぶりです\(^^)/
えりです♪

  皆様すーぐ気付いてくれてルンルンです❤️❤️❤️


  私今月頭にcolor changeしました

 
 

 お店は近大通りの近くのアクトヘアーです
 
  いっつも。ある程度の事だけゆーて
  してもらってるんですけど。いっつも大満足の仕上がり♪

 

 


  性別問わず.子供から年配の方までと幅広い世代の方から
  人気なので。次のカット。カラー。パーマ。などは


  是非。アクトヘアーで\(^^)/


 

     6月11日 雨漏り点検の日

 本格的な梅雨のシーズンを前に、建物の雨漏りの点検をしようということで、全国雨漏検査協会が1997(平成9)年4月に、この日を記念日として制定しました。
 全国雨漏検査協会では、紫外線に反応すると青く光る検査液を使う新手法で、雨漏り発見に努めています。

雨漏りに関する昔話
(日本の昔話)


ふるやのもり

 むかしむかし、雨のふるくらい晩、おじいさんが子どもたちに、話を聞かせていました。
「じいさま、いちばんこわいもの、なんだ?」
「・・・そうだの、人間ならば、どろぼうがいちばんこわい」
 ちょうどその時、どろぼうがウマ小屋のウマを盗もうと、屋根裏にひそんでいました。
 どろぼうが、これを聞いてニヤリ。
(ほほう。このおれが、いちばんこわいと)
「じいさま、けものでいちばんこわいもの、なんだ?」
「けものならば、・・・オオカミ(→詳細)だの」
「じゃあ、オオカミよりこわいもの、なんだ?」
「そりゃ、ふるやのもりだ」
 ウマを食べようと、ウマ小屋にひそんでいったオオカミは、それを聞いておどろきました。
 ふるやのもりとは、古い屋根からポツリポツリともる、雨もりのことです。
 だけど、オオカミはそんなこととは知りません。
「おらよりこわい、ふるやのもりとは、いったいどんな化け物だ?」
と、ガタガタふるえだしました。
 屋根裏のどろぼうも、話を聞いてヒザがガクガクふるえています。
「ふるやのもりというのは、どんな物だ?」
と、ビクビクのところへ、ヒヤリとした雨もり(ふるやのもり)が、首にポタリとおちました。
「ヒェーーッ! で、でたあー!」
 どろぼうは足をふみはずして、オオカミの上にドシン!
「ギャーーッ! ふ、ふるやのもりが、きたあっ!」
 オオカミはドシンドシンと、あちこちぶつかりながら、ウマ小屋から飛び出しました。
 振り落とされてはたいへんと、どろぼうは必死にオオカミにしがみつき、オオカミは振り落とそうと、メチャクチャに走り続けます。
 夜明けごろ、うまいぐあいに、つき出ている木の枝を見つけたどろぼうは、ヤァー! と飛びついて、そのまま高い枝にかくれてしまいました。
「たっ、助かった」
 オオカミのほうは、背中にくっついていた物がとれて、ホッとひといき。
「だが、まだ安心はできん。ふるやのもりは、きっとどこかにかくれているはず。友だちの強いトラに退治(たいじ)してもらおう」
と、トラのところへ出かけました。
 話を聞いて、トラも恐ろしくなりましたが、いつもいばっているオオカミの前で、そんなことはいえません。
「ふるやのもりという化け物、必ず、わしが退治してやる。安心せい」
 トラとオオカミは、いっしょに、ふるやのもりをさがしに出かけました。
 すると、高い木のてっペんに、なにやらしがみついています。
 オオカミがそれを見て、ガクガクとふるえだしました。
「あ、あれだ。あ、あれが、ふるやのもりだ」
「なに、あれがそうか。なるほど、恐ろしい顔つきをしておるわい」
 トラは、こわいのをガマンして、
「ウォーッ! ウォーッ!」
と、ほえながら木をゆさぶりました。
 すると、どろぼうが二匹の上にドシン! と落ちてきました。
「キャーン!」
「ニャーン!」
 トラとオオカミは、なさけない悲鳴をあげながら、逃げて行きました。
 どろぼうは、地面に腰を打ちつけて大けがをし、オオカミは、遠い山奥に逃げ、そしてトラは、海を渡って遠い国まで逃げて、二度と帰ってはきませんでした。

おしまい

他の記念日

国立銀行設立の日
 1873(明治6)年、日本初の銀行、第一国立銀行(後の第一勧業銀行、現在のみずほ銀行)が設立されました。


傘の日
 全国雨漏検査協会が1997(平成9)年4月に制定。
 この日が雑節の一つ「入梅」になることが多いことから。

聖バルナバ祭の日
 聖バルナバは聖パウロの伝道協力者で、この時期が干草の収穫期であることから草かき熊手が彼のエンブレムになっています。