覆面の佳人ー或は「女妖」-(乱歩・正史) |  へんくつマッキーの日向ぼっこ

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(春陽文庫「覆面の佳人ー或は「女妖」-」より)

 

 パリの春街で起きた殺人事件。暮れの12月16日の夜の10時半、巡回の鷲塚警官の4・5軒先の横丁から走り出てきたのは黒い中折れ帽の男装だ。その横丁から響いてきたのが「人殺し!」の叫び声。声の主は売春宿の主の安藤婆さん。婆さんの招きで2階に上ると、気を失ったた上流紳士とナイフで心臓を一突きされた女の死体があった。死んだ女は満璃、婆さんの息子の牛松が2ヶ月ほど前に連れてきたのだという。満璃は近々、パリ一番の金持ちと結婚する、と吹聴してたらしい。気絶していた男は、蛭田建治の旧知の成瀬珊瑚子爵であった。

 

 鬼と恐れられる蛭田検事がいう成瀬子爵とは、パリの伊達男であり大富豪の娘・春日花子と結婚する人物である。満璃の胸のナイフにはS・MからH・Kに贈る旨の刻印があった。成瀬は牛松から女の呼び出しの手紙を渡され、ここに来たときには女は既に死んでいた、と証言する。成瀬を警察に送るため、馬車に乗せたところ、いきなり馬車が走り出して成瀬を連れ去ってしまう。鷲塚警官は、その馭車が先ほどの中折れ帽の男装女子であることに気づいた。

 

 身元不明の死体として死体陳列所に置かれた満璃を見に来た人々を監視する蛭田。彼が気を留めたのは、ダイヤの指輪をはめたベールの女だ。蛭田はその後をつける。しかし、蛭田が離れた後も死体陳列所では珍事が起きていた。満璃を見に来ていた一人の女が気を失い、老紳士に介抱されて陳列所を出て行ったのだ。老紳士は、名越伯爵と名乗り、殺人容疑のかかった親友の成瀬を救うつもりだ、という。突然、女は名越を振り払って貸し馬車で去っていく。だが、その馬車をつける美女が操るもう一台の馬車があった。

 

 一方、ベールの女を尾行する蛭田は、もう一人の男が彼と同じように尾行しているのに気づく。その男は公園に差し掛かると、ベールの女に何か紙切れを握らせて走り去ってしまった。思わず蛭田は、ベールの女・花子に声をかけた。花子はかつて蛭田が成瀬と恋を争った対象であり、最近は蛭田を避けている。しかし、公務とあっては花子も逃げるわけにもいかず、蛭田は花子に渡された紙切れを確認することができた。そこには成瀬から、暫く身を隠す、と伝言が記されていた。

 

 パリの裏街に由良子という貧しい裁縫師が住んでいる。この女こそ、満璃の死体を見て気を失った女である。名越を振り切ってアアパートに

戻った由良子は、女優・彩小路浪子の訪問を受ける。浪子は由良子を住み込みの裁縫師として雇いたいと申し出る。その時、浪子は壁に掛かる女の肖像画を目に止めた。美しい女の肖像画だ。しかし、由良子はその絵については多くを語りたくないようであった。

 

 由良子の部屋を出た浪子は、宮園ホテルに名越を訪ねる。浪子こそ由良子の馬車を尾行した美女であり、名越こそ成瀬の変装であった。浪子はこの事件にはある遺産相続の問題が絡んでおり、満璃がその相続人だという。そして花子に贈った短刀がなぜ殺人に使われていたのか、花子に確認するため浪子の家で夜会を開くので、そこに呼び出そうと提案する。夜会には成瀬も名越として出席し、折を見て花子から聞き出すのだ。

 

 蛭田は牛松の情婦の兼の部屋に行く。部屋を調べているとき、人の気配がしたため古時計に身を隠した。部屋に入ってきた女は、馬車で成瀬を奪っていった女だ。女は蛭田が時計に隠れているのを知ると、鍵を下ろして蛭田を閉じ込め遅れて戻ってきた兼を連れて逃亡する。

 

 満璃の身元は庄司と言う船乗りの申し出によって判明する。満璃の本名は白根星子といい、富豪と結婚するため16年ぶりにメルボルンからパリに来たのだ。星子は2・3日マルセイユで泊まっていたが、パリから来た紳士について出て行った。そして星子は自分が安藤婆さんの娘であることも庄司に継げていた。

 

 安藤婆さんに一杯食わされたことを知った蛭田が、婆さんの処に急行すると、すでに撲殺された後であった。蛭田はその現場でカフスボタンを拾う。犯人は牛松か、それともカフスボタンの持ち主か?

 

 浪子の邸宅で開かれた夜会。浪子の横には着飾った由良子がいる。客として春日龍三とその娘・花子が到着した。由良子を紹介された龍三は彼女の面影に何かを見た様子だ。浪子は名越の姿を見つけると、花子に紹介した。名越は花子と二人きりになり、自分は成瀬の友人であり彼を探している、と打ち明ける。成瀬の無実を証明するには凶器となった短刀が重要になる、と告げてその在り処を質す。すると花子は短刀を父の龍三に渡した、と言うではないか。その龍三に白根弁造と名乗る人物が近づいた。白根は赤茶けた書類を見せる。更に龍三の昔の妻がパリで満璃という名の女として殺された、と告げる。そして満璃との離婚が成立していない以上、花子は私生児となり龍三と満璃の間に生まれた女の子が正統な跡取りとなるのだ、と言い放つ。その時、急に明かりが消え、何者かが龍三の手に短刀を握らせた。再び灯りがついた時、彼の足元には白根の死体が転がっていた。混乱する現場に蛭田が飛び込んできた。蛭田は牛松が浪子邸に逃げ込んだので、追ってきたのだった。事件に遭遇した蛭田が捜査を始める時には、春子と成瀬の姿は消えていた。

 

 白根のポケットからは例の書類が消えており、結局、龍三の事件への関与は不明のまま、その夜を迎える。自分の部屋に戻った由良子が胸の中から取り出したのは、例の書類である。書類を手に、彼女は母親の復讐を誓うのであった。

 

 隣の浪子の部屋では衣装戸棚から牛松が出てきた。警察に追われた牛松は、逃げ場を失い浪子を頼って来ていたのだ。浪子が牛松に逃亡資金を与える約束をした時、隣の部屋で由良子の悲鳴が聞こえた。そして、由良子を担いで逃げていく人影が庭に見える。後を追った浪子は牛松を探していた蛭田と出くわす。浪子から由良子誘拐を聞いた蛭田は、由良子の部屋に入ると例の肖像画に目を止めた。肖像画の人物は、売春宿で殺された満璃ではないか!

 

 パリ郊外の砂村という別荘地。そこに最近移り住んできたのはロシア貴族を自称する千家篤麿。千家は黒人に扮した下男を使い、また大場仙吉に河内兵部の子孫を調べさせていた。河内は100年前に死んだ富豪あり、満璃はその末っ子の曾孫にあたる。これまでの事件は、河内の財産を狙った奴の仕業なのであった。その千家の家に春子が幽閉されていた。花子を浪子邸より誘拐してきた千家なる男、一体何者なのか?


パリの掃き溜めでは、牛松とお兼がアメリカへの逃亡を企んでいた。追及を恐れた牛松は、お兼を安藤婆さん殺しの犯人に仕立てようとするが、お兼の父親の庄司に阻止される。

 

 物語の舞台はパリから70里離れたシャトワールという小村に移る。そこで浪子と千家がそれぞれ河内の子孫を調査している。浪子が河内の戸籍を調べると、一足先に当該部分が切り取られていた。そして河内の子孫であるお利枝婆さんの殺害事件に巻き込まれる。お利枝婆さんは、安藤婆さんの姉であり、孫の小夏が残されていた。

 次々と浪子の周りで起きる怪事件。その浪子自身も河内の子孫なのであった。

 

 

 

由良子は浪子により救出され、実の父、龍三との再会を果たす。だが互いに親子を名乗る間もなく龍三は殺されてしまう。そして庭にはまたもカフスボタンが落ちていた。庄司に助けられたお兼も殺される。

龍三、お利枝婆さん、そして自分の双子の姉・お兼を殺したのは由良子であった。そして千家こそ蛭田であった。蛭田が満璃を殺し、白根が安藤婆さんを殺し、白根を由良子が殺した。全ては河内の財産を狙った者共の饗宴であった。

 

 新聞小説らしく、ページをめくる手を止めさせない。しかし、人間関係が複雑で整理するのに骨が折れる。次々と人が死んでいくが、犯人が3人もいると動機が分かりにくくなってしまう。黒幕の意外性は十分だが、無理やり感は否めない。

 

☆☆☆・・・損はない