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 ケニアの首都ナイロビはマサイ語の「冷たい水」に由来し、アフリカを代表する都市でありながら、ヨーロッパの旧植民地としての二つの顔を持っている。また、都心部には近代的なビルが林立し、昼間はビジネスマンで溢れ、西部の郊外には高級住宅地が広がっている。その反面、市の北部や東部には、インド風の商店街やアフリカのにおいのする長屋やバラックが立ち並び、治安もかなり悪く観光客にとっては安全とは言えないエリアもある。これもアフリカの現実を示す顔である。南緯一、二度(赤道から約百四十キロメートル南)のほぼ赤道直下とはいえ、海抜約千七百メートルと高地にあるため、気温は年平均十七、五度。気候は1年を通じて夏の軽井沢のように過ごしやすくサッパリとしている。
 そして、我々が訪れた十一月には十二~十五メートルの巨木ジャカランダが紫色の細長いベル型の花をつけ、町中が紫の霞がかかったようにジャカランダの色と香りに満ちていた。十月から十一月にかけてはナイロビの町が最も美しい季節なのである。日本の花見のように公園にはたくさんの人が溢れ、芝生の上に横になって懐に手を入れ居眠りしている者もいる。
「やっぱりどこの国の人でも、男はオチンチンのところに手を入れて寝ます。そうすると安心します」
 鶴さんの観察眼には独特なものがある。
 仕事、私事に関わらず、海外の町を訪れたら、必ず、まず初めに市場を訪れることにしている。庶民の生活を知るには市場に行くのがいいのだ。
人と車でごった返すケニアの首都ナイロビの中心部に横たわる体育館のような建物「シティマーケット」は喧騒で溢れていた。彩り豊かな花や野菜に囲まれたナイロビの市場に漂う庶民の生活観。内外にひしめく五十以上の店で手に入らないものはない。ヴィクトリア湖やインド洋産の新鮮な魚、野菜、果実などの生鮮食料品から、花、土産物まで何でも揃うという。
「ジャンボ!NO高い!ノー高い!」
「ジャンボじゃないって!」
 大林素子はこの「ジャンボ!(こんにちは!)」という挨拶が、嫌で嫌でたまらないらしい。子供の頃に「ジャンボ」という「あだ名」で呼ばれていたことや、大きすぎるが故の幼い頃の劣等感を思い起こさせるのだ。それにしても、「安いよ」「高くないよ」じゃなくて、何故「ノー高い」なのだろう?
市場の裏手に廻ると、屋台料理のようなもので溢れていた。主食のトウモロコシの粉をこねた「ウガリ」。肉じゃがのような味付けの「カランガ」。野菜のスープ「スクマウィキ」。白濁酒「チブク」。焼き芋のような「キャッサバ」。ケニア風焼肉「ニャマチョマ」。そしてヤギの頭を煮込んだ「???」ものまで。
「ゴメン!許して~」
 撮影とはいえ、この決して衛生的であるとはいえない状況では、インド同様、貧弱な胃腸と軟弱な環境で育ってきた我々には手強すぎるのだ。(つづく)

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 俳優でありタレントでありお笑いでもある、そして最近では「絵描き」としての才能を発揮している片岡鶴太郎氏と、そのマネージャーであり元ショーパブのダンサー長谷川。タレントであり元全日本バレーボール選手として有名な大林素子さんと、そのマネージャーであり海外旅行初体験の新井女史。ディレクターでありデジカメカメラマンとしては日本一の噂もある岡崎。カメラマンであり我々のボディガードでもある空手黒帯の名木。そして、無責任プロデューサーでありツアコン添乗員でもある私と、一人二役以上をすべてのスタッフが兼ねているという、超コストパフォーマンスデジカメ撮影隊でマサイマラ動物保護区にあるマサイ族の村を目指すのだ。
 そして、もう一人、アフリカの玄関口ケニアナイロビ国際空港で、頼もしい男が我々を迎えてくれた。
「ジャンボ!(こんにちは!)」
「ハバリ ガニ?(ごきげんいかが?)」
「カリブ カリブ ケニア(ようこそケニアへ)」
「日本語大丈夫?」鶴さんが日本語で聞く。
「日本語、チョットワカル。アンマリデケヘンケド」
「私、ピーター・オルワと申します。今、ケニアにオルワですよ」
 この妙な関西弁を操るガイドのピーターは、ミュンヘンオリンピックのボクシング銅メダリストで、大阪のボクシングジムに数年間滞在。ケニア風へんてこ関西弁敬語ございますでんねん調を屈指する優秀なコーディネーターなのである。しかも、例によって一人二役、出演者でもある。
 とにかく、頼もしい仲間を得て、本格的に動物の「楽園」の旅が始まる。
 あっという間に、迎えのバンに各自の荷物と少量の機材を積み込みナイロビ市内へと向かう。 現在のテレビ業界のスタンダードであるベータカム方式のテレビカメラ、いわゆるENG(エレクトリック・ニュース・ギャザリング)スタイルの撮影隊と違って、機材が少なくスタッフの人数も少ないので、デジカメ撮影隊はフットワークが軽いのだ。我々が使用するのはSONY製のVX一〇〇〇という、一般に家庭電化製品店で売られているデジタルビデオカメラ。画質においてはもちろんプロ仕様のベータカムには劣るが、機動性、使いやすさは抜群で音質も良くテープが小さい。てなわけで、最近の海外秘境ロケものを始め、関西テレビ系列で毎週日曜朝九時半から放送している「走れ!ガリバーくん」のガリバーくん同行ディレクターが使っているカメラもこのVX一〇〇〇である。などと自分がプロデュースしている番組の宣伝もはさみつつ、とにかく、今やテレビ界においてもデジタル化、いろんな意味での縮小及びコストパフォーマンス化が進んでいるのである。
 ナイロビ空港を出て、整備されたアスファルトの車道を一~二分も走ると、左側に「ナイロビ国立公園」が広がる。
「運がよかったら、もうこの辺でキリンとかが出てくる可能性がありまんねん」
「エッ!見れる?本物の?」
 走る車の中で、少女マンガのヒロインのように目を輝かせながら大林素子がリアクションする。
「あっ!いるんじゃないですか。いるんですよ」
「イヤ~!生(なま)キリン!柵もないのに、ここにキリンが来たらどーするんでしょー」
「危険はありまへん。キリンは割と人を襲わない動物でんねん」
(ちゃうやろ!ビュンビュン車が走る車道に出たらキリンの方が危ないっちゅーねん!)(つづく)

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 今回の旅は、「人種の坩堝インド」を経由し「動物の楽園アフリカ」へ入る。インドでは約半日のトランジットの間に、せっかくだから本場のカレーを食し、人種と民族と宗教と文化について考え、地球に残された最後の方舟、今から五百万年前に猿と人間が袂を分かった人類発祥の地、人類の故郷アフリカで動物達やマサイ族の人達といろんなことを考えようという大胆不敵旅なのである。
「せっかくインドで一泊するわけですから本場のカレーを食べないと、私、そのためにずっとカレー断ちしてるんです」
 成田空港を出発し、とりあえずインドへ向かうエアーインディアの機内で、鶴太郎さんが番組前半部分の無謀な企画意図を旅の相棒大林素子に話す。
「インドにはいいカレー屋さんがあるんだ。『カレー壱番』て言うんだけど」
「それって、日本にもある!」
 悠久の文明が織り成す万華鏡世界インド。人口一千万人を超える商業都市ボンベイ(ムンバイ)は、国際的な貿易の中継点であり、宗教、民族も多彩で、様々な文化が入り混じっている。あらゆる料理が食べられるが地元の料理も多種多様で、西インドが元祖である「ターリー」(カレー定食のようなもの)やパールスィー料理の「ダン・サック(豆、肉、野菜などを十数種の香辛料を加えて煮込んだもの)」、ゴア料理の「マトン・バッファ(マトンと赤カブのカリー)」など、どれをとっても我々日本人には「カレー」の味である。
 我々がアフリカへのトランジット(乗り継ぎ)のためインドに入国したのは、午前0時を回っていた。人種の坩堝と称されるだけあって空港周辺には人々が賑わい、まさにごったがえしていたが、市内に入るとさすがに人影もまばらで観光客らしき姿はない。
完璧に店じまいをしてしまった屋台街のはずれで、かろうじて「本場のカレー」らしきものを発見!しかし、屋台と呼ぶには程遠いホームレスの自炊のような代物は、これから薔薇色に輝く「楽園」の旅を続けなければならない我々にはとても口にすることが出来ない。口にした瞬間から、トイレの便器とお友達の旅になってしまうに違いない。
「いくらなんでも夜中の一時過ぎにカレーはないでしょ」あきらめ口調で鶴さんが言う。
「え~、ず~っと我慢してたのに~」と、大林素子。
「朝、朝食でカレー食べましょ。もうインドは三食、カリー、カリー、カリー!」
 寝たと思ったらもう朝。
 朝食をとる間もなく、午前六時に空港へ。「本場カレーの夢破れアフリカへ」と思いきや、空港の待合にあるカフェで遂に「本場のカレー」を発見。昨年夏に一度インドを訪れている鶴さんは、本格的にかつ器用に右手を使ってカレーを食する。
「ちょっと甘めだけど、本場のカレーだね。素ちゃん」
「ジャガイモのカレー。美味しい。これから行くアフリカは何ですか?食べ物?」
「アフリカ?アフリカね~。ん~~~。考えてなかった」
 まだアフリカの食べ物のことまで鶴さんと打合せしていなかった。(つづく)