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 「ハクナマタタ」は「気にしない、問題ない」という意味のスワヒリ語。「ポレポレ」は「ゆっくり」。「ソバッ」は「元気かい?」。「エバッ」は「元気だよ」。「アーサ」は「ありがとう」。そして、「ジャンボ!」とは「こんにちは!」。ジャンボという言葉にはサバンナの大きさが感じられる。
 ラウンジでしばらくワイン片手に、ケニア風へんてこ関西弁ガイドのピーターによるスワヒリ語講座で楽しんだ後、別棟にある我々が宿泊するロッジへと案内してもらう。サバンナに設置された施設だから、周囲には動物の気配が満ちている。夜道の一人歩きはここでは禁止。国立公園など、保護区に設置されたロッジはすべて野生動物の生活圏の中にあるため、厳密なルールによって運営されている。サファリをいかに楽しませるかという思想が建物にもサービスにも貫かれているのだ。アカシアの木立の中に作られたロッジの外には、銃や槍を持ったマサイのガードマンが不寝番をしている。ライオンなどが近づくと銃を撃って驚かせ、追い払うのだという。シンプルなベッドルームにはドレッサーヤハンガーが備えられ、水洗トイレとシャワースペースがある。
 とにかく長時間四輪駆動車のシートに叩きつけられてきた身体をいたわる為、蚊帳の吊られたベッドにもぐりこむことにした。こんなサバンナのど真ん中に居るのに快適なシーツに包まって眠ることができるのは有り難い。

 熱気球に乗って広大なサバンナを見下ろす「バルーン・サファリ」。朝日に染まる草原を跳ねるインパラの群れやゾウ、キリンなど空から見るマサイマラの光景は幻想的である。
 朝六時。マサイマラの朝はかなり寒い。「バルーン・サファリ」に参加するためには日の出前に出発しなければならない。熱気球に乗って広大なサバンナを空の上から楽しむフライトは、サファリを訪れる人々にとって一つの大きな目的である。
「雨が降ってるんですけど」
「一応サインしたということは飛ぶの?ピーター?」
「パイロットの指示に従います。一時間様子を見ると言ってます」
「バルーンに乗れるのは選ばれた人ということですね。だって旅行というのは限られた日数なわけだから、当然、乗れるのは限られた人のみ…」
 人種の坩堝、宗教の国インド経由で来ただけに、宗教的な解釈で鶴さんが語り始めた。
「じゃ、私たちアンラッキー?」
 と、素ちゃんが悲しそうに聞く。
「まだ、わかりません。私たちが決めることではない。まさしく天が決めること。神のみぞ知る」

 そして、運命の一時間後。
「本当に残念なことを聞いてしまった。今日は中止ということで…」
 申し訳なさそうなピーターの報告に、鶴さんが憶えたてのスワヒリ語で答えた。
「ハクナマタタ…ですね。それより、ゴハンたべよ!」
(なんや、腹減っとったんかい!)(つづく)

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 ロケハンなしの行き当たりばったりの旅なので、一事が万事、予定通りには行かない。
地球の割れ目「グレートリフトバレー」東アフリカの高原地帯をほぼ南北に走る大地溝帯。北は紅海から南はモザンビークに達する世界最大の断層を経由し、大自然の息吹を感じながらマサイマラ動物保護区へ向かう。整備されたアスファルトの道から反れて、更に奥地へと向かう道中、スコールのようなドシャ降り雨に見舞われた。あっという間に道が泥川化してしまい、しかも、あたりはすでに真っ暗。もちろん外灯など人工的なものはまったくないので、まさしく三百六十度真っ暗闇なのだ。
「キャー!まるで急流すべりみたーい」
 と、テーマパークのライド感覚ではしゃぐ大林素子。鶴太郎さんは長旅の疲れか、こんな状況下においてもグッスリ熟睡状態で身動きもしない。
 ただでさえガタガタ道なのが、泥川化したことで、右に左にとハンドルを切るたびに大きく車体が傾く。車外からこのサファリカーの状況を撮影するため車を停めようとした。
「ストップ プリーズ」
「ノー!」
 この泥川化した状態では止まったが最後、タイヤがスリップしてしまって万事休す。自力で動き出すことは不可能だとドライバーが説明する。自らが極限状態に置かれていることも気づかずに、半ば浮かれていた自分たちが情けない。
 そんなことで、マサイマラのロッジに着いたのは予定の時間を大幅に上回った夜中になってしまった。
「スゴイ道だった。もう寝てらんないもんねー」
 鶴さんが突然目を覚ました。

「キィェーッ、ヒュッ、ヒュッ」
 ロッジの中から奇声が上がっている。
 既にディナーを終えた宿泊客のために、観光マサイによる直立歩行ジャンプ踊りのパフォーマンスが行われているのだ。しかし、我々の目指しているのはこんな軟弱マサイではない、現代文明を拒み続け、真赤なマサイケープをなびかせてサバンナの草原を疾走し、槍一本でライオンをも倒すという誇り高きマサイ族なのである。
 サバンナの真っ只中にポツンと佇む「キーコロック・ロッジ」。おそらくこの周りにはライオンやキリンやゾウなどの野生動物がウジャウジャいるに違いないのだが、真っ暗闇の中ロッジに到着し、その文明の保護下にいる我々にまだ実感はない。しかもロッジの宿泊客はヨーロッパ人ばかりなのでサバンナの真ん中であるということを忘れそうになる。サファリはヨーロッパ人にとって最高の贅沢であり憧れなのだという。
 マサイのパフォーマンスが終わったラウンジでは、映画「ライオンキング」の挿入歌でも知られる「ハクナマタタ」のギターでの弾き語りが始まった。
「『ハクナマタタ』の意味は何やと思いまっか?」
 ガイドのピーターの質問に素ちゃんが答える。
「もうかりまっか???」
 なんぼピターが関西弁やからって、それはないやろ!(つづく)

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 ケニアの首都ナイロビから、地球の割れ目「グレートリフトバレー」を経由して、四輪駆動車で約十時間。「マサイマラ動物保護区」の中に今回の目的であるマサイ族の村がある。もっとも軽飛行機をチャーターすれば数時間でマサイマラへは行けるのだが、まずは、四輪駆動車で道なき道を走ってアフリカの奥地へ向かうという、限りなくテレビ的なドキュメンタリー雰囲気盛り上げ作戦なのである。そして、なにより百万羽を超えるフラミンゴのコロニーで湖面がピンク色に染まるという「ナクル湖国立公園」に立ち寄りたかったからでもある。
 丘を越えると視界が広がり、輝く湖面の手前側がまさしくピンク色に染まっている。近づくにつれてピンク色が動きだし、我々との間をある一定の距離に保とうとしているようだ。数十メートルのこの間隔が野生動物と我々との不思議な距離感として伝わってくる。彼らの集団は決して近づこうとはしないし、さらに遠ざかろうともしない。
湖岸の木々の間を数十羽の白いペリカンが飛んでいく。
「ア~ア~、ア~ア~」
 頭の中で子供のころに見た「ジャングル大帝」のテーマソングが鳴る。
「アフリカだねー」
 サンルーフから顔を出して、鶴さんが唸った。これこそ我々が子供の頃から思い描いてきた「アフリカ」を象徴するワンシーンに他ならない。
 四輪駆動車を降りて湖岸を歩く。鳥小屋に入ったときのにおいが充満し、抜け落ちた羽があたり一面に落ちている。遠くから見たピンク色の景色とは違う世界があった。
 湖へ流れ込む小さな川の辺にバッファローの屍が転がっている。
「これってライオンに食べられちゃったのかなー?」
 鶴さんがガイドのピーターに聞く。
「でしょうねー」
 曖昧な答えではあるが、この状況においては十分すぎるほどの説得力がある。
 彼らは自らの生命の維持に必要な分だけを狩り、それ以上は決して殺さないという。無造作に転がったバッファローの屍は、無言のうちに「自然の掟」を我々に語りかけてくる。
 頭にある二本の角をそれぞれ鶴さんとガイドのピーターが掴んで、まるで自分達が仕留めたかのように、サバンナを覆い尽くす青い空に向かって持ち上げた。
 伝染病等の問題があるから動物の屍骸には手を触れないように、とガイドブックに書いてある。現地で暮らすピーターにはなんらかの免疫がありそうだが、黄熱病の予防接種しかしていない我々は少々心配である。鶴さんも知らぬはずはないが、カメラが回っているのでついつい頑張ってしまったようだ。日本から持ってきた殺菌効果のあるウェットティッシュで丹念に手を拭ってもらう。我々文明人の脆弱さが情けないが、病気にならないことを祈るだけだ。なんて、無責任なプロデューサー。(つづく)