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「この村には何人ぐらいいるんですか?」
 鶴さんが聞く。
「この村には六十八人いる」
「この中のいい数は、『モラン』と言って戦士達です。だから村には一日中ほとんどいないです」
 ガイドのピーターがジョンの通訳をする。

 独自の生活文化を守り続ける半遊牧民の民、マサイ族。人々が称えるその勇猛さは、独特の生活様式に由来する。
 マサイの社会では、男たちは少年、青年、長老といった年齢別の集団に分けられる。彼らは十四歳から二十歳までの間に割礼を受け、その後四年間の共同生活に入るという。猛獣から自身や家族、貴重な財産である牛などの家畜を守る術を、サバンナや森のなかでの生活を通して学ぶのだ。そして、この厳しい修行を経て、最後の「ライオン狩り」の関門をくぐり抜けた男だけが、戦士集団「モラン」の一員となることが許される。女たちは立派な「モラン」の妻となるため、美しく着飾って男たちの帰還を出迎えるという。

「何をしている時が一番楽しいですか?」
 鶴さんがジョンに聞く。
「牛の面倒を見ているとき」
「将来の夢は?」
「学校の先生になりたい」
「へえ~」
 マサイの社会にも現代文明の波が、少しずつ押し寄せて来ているのだろう。

 ジョンが武器の使い方を教えてくれるというので、村を囲む垣根の外へ出ることにした。
真っ赤なマサイケープをなびかせて歩くジョン。保温も兼ねたマサイ族のケープはサバンナでひときわ目立っている。そして、ワラレンと呼ばれる木の差し棒、スピアという棍棒、エロンガという鉄の槍、モティアンという弓矢、ナイフは必ず持っている。鳥の羽を先に巻いた毒矢も携帯しているという。アクセサリーではなくすべて生活の道具。しかし、その反面、現代マサイの足元はナイキのサンダルで決めていたりするのだ。
 刃渡り五十センチはあるだろうか、ジョンが投げると、ナイフは回転しながら二、三十メートルも跳んでゆく。
「けっこう重いっスよ」
 元オリンピック日本代表選手の大林素子がチャレンジするが、バレーボールのアタックの様にはいかない。鶴さんも投げてみるが、物真似や芝居や絵描きの様に、うまくいくはずがない。
「やーい!勝ったー!」
 スポーツウーマンは負けず嫌いだ。(つづく)

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 とりあえず、マサイ族の村に入ることができた鶴さんと素ちゃん。
 今となっては超敏腕ガイドとして我々が崇拝せざるを得ない、ピーターの出たとこ勝負の行き当たりばったりホンマにマジなのだノンアポ直談判交渉が見事に成立すると、とりあえずどころか、女子供達による盛大な歓迎の儀式を受け、我々デジカメ撮影隊もいささかハイテンションになっている。
「いや~かわいいね~」
 鶴さんが子供達の手を取って話し掛ける。
「トゥル、トゥル」
 動物的な感なのか、耳がいいのか、聞き覚えたばかりの鶴さんの名前を子供達が口にする。素ちゃんは、マサイ族の女性と手のひらを合わせて大きさを比べている。驚いたことに、素ちゃんより頭ひとつ分ぐらい背が小さいのにも拘らず、日本人としては巨大な部類に間違いなく入る元日本代表バレーボール選手の素ちゃんと、同じ大きさの手のひらをしている。手足が長く全体に細身で、とにかく、マサイ族の足は本当に細い。サバンナを一日数十キロメートル歩くからだろうか。何を着ても似合うスーパーモデル並のスタイルをしているのだ。
「ウエルカム、ウエルカム」
 片言ではあるが英語を喋る男性がいた。彼の名はジョン・カンテットというらしい。どうやら家の中を見せてくれると言っているようなので、付いて行くことにした。

 牛糞で作った家が、牛の群れを真中にして円状に並んでいる。木で枠を組み、土を入れ、外側を牛の糞で塗り固める。牛の糞は乾くとセメントのように硬くなるという。土だけだと雨で流れてしまうが、こうすれば雨にも耐えられるのだという。
「じゃ、素ちゃん入りましょうか」
「入れるかどうか心配」
 広大なサバンナのど真中にある小さな家の小さな入り口を、鶴さんに続いて小さく屈み込んだ素ちゃんも入っていく。中は暖かく、意外に広い。部屋の真ん中にはキッチンがあり薪が焚かれている。常に煙で燻された状態になっているので煙臭く、ずっとここにいたら人間の燻製になってしまいそうだ。燻煙することによって、虫やダニから家を守っているのだろう。食器棚までが牛糞で固めて作られているのにはびっくりだ。奥には牛革がひかれた作り付けの小さなベッドがあり、小さな壁の穴は換気口になっているようだ。
「ギリギリセーフですね」
 素ちゃんが立つと、頭が天井に届いてしまう。
「こんな背の高い女性には会ったことがない」
 ジョンの言葉をピーターが通訳する。スーパーモデルなみの体型を持つマサイ族においても、素ちゃんほどの上背は珍しいのであろう。しめしめ、これで日本人もなめられなくてすむぞ。
「ビェ~!」
 素ちゃんが赤ん坊を抱かせてもらうと、とたんに泣き出した。
「ごめんねマミー」
「ラッ、ラッ、ラッ、ラー、ラー、ラー」
 何と発音しているのかはうまく聞き取れないのだが、年のころは七、八歳だろうか、女の子が赤ん坊を片手で抱いて唄いだした。もう片方の手でプラスチック製のコップを下向きに持ち、牛糞のテーブルに打ちつけ、リズムをとっている。周りにあるものは全て、何でも打楽器になってしまうのだ。
「何か人間の根源があるね」
 鶴さんに素ちゃん、マミーも手をたたきながら一緒にリズムをとる。いつのまにか赤ん坊は泣き止んでいた。(つづく)

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 俳優でありタレントでありお笑いでもある、そして「画家」としても名高い片岡鶴太郎氏と、タレントであり元全日本バレーボール選手の大林素子さん。そして、私、無責任プロデューサーが率いる「超コストパフォーマンスデジカメ撮影隊」の大胆不敵旅は「人種の坩堝インド」を経由して「動物の楽園アフリカ」へ入った。
 インドでは約半日のトランジットの間に、せっかくだから本場のカレーを食し、人種と民族と宗教と文化について考えた。そして、地球に残された最後の方舟、今から五百万年前に猿と人間が袂を分かった人類発祥の地、人類の故郷アフリカで悪戦苦闘のはちゃめちゃノンアポ旅の末、やっとの思いでマサイ族の村へたどり着くことができたのだ。

 大草原の主役である野生動物と共に生きる誇り高きマサイ族の村。 数十人で営まれる集落は垣根で囲まれ、その中にはマサイ以外の人が入ったことはないという。入り口は門と呼ぶには程遠いが、アーチ状に組まれた垣根をくぐるようになっている。何故か、背の高い素ちゃんを先頭に鶴さんが続き、我々も撮影をしながら中に入る。記念すべき第一歩である。小雨季にたびたび降る雨の為か地面がやけに柔らかく、あちこちに茶色く濁った水溜りが出来ている。うっかり足を取られそうになると同時に強烈な糞尿臭に襲われた。ここの地面そのものが牛糞なのだ。うっかり足を滑らせてコケるようなことになると、全身クソまみれになって末代まで語り継がれることになるだろう。ここはまさしく、しっかり地に足をつけて歩かなければなるまい。

 四十以上の部族が住むケニアのなかでも特に名高いマサイ族は、タンザニアと合わせて人口三十万人を数える。半遊牧民であるマサイの生活は牛と共にあり、主食は牛の乳。
「はるか昔に天と地が分かれたとき、神々は人々を残して天に住み、マサイを選んで牛を預けた。だから、世界中の牛はマサイのもの」マサイの人々は一様にそう信じているという。大切な牛は、モランと呼ばれる男の戦士集団が管理し、日中は放牧をする。モランはシンバ(ライオン)が牛に近づけば勇敢に闘い、牛の食む草がなくなれば、およそ二年に一度、豊かな緑を求めて移動を開始する。新たな場所が見つかると、早速村づくりが始まる。それは女たちの仕事。木の枝で組んだ枠に泥と牛糞を塗り重ね、楕円形の家を造る。これらの家を円形に並べたその中央が牛たちの棲み処となるのだ。

「イヨー♪デヤホー~♪」
 神の牛が群れる緑の大地に誇り高きマサイ族の歌声が響き渡る。彼らの村に初めて招きいれた東洋人の珍客を歓迎する儀式が始まったのだ。褐色の肌に色鮮やかな布をまとい、ビーズのネックレスやイヤリングで着飾った女たち。放牧に出かけた男達の留守を守り高らかに歌う女たちの顔には神に選ばれた民としての誇りが溢れている。
「たいへんな歓迎です。ウエルカムソング」
 ピーターの解説に頷きながら鶴さんが歌い出した。
「ホイヤヤ♪ホイヤヤ♪」
 鶴さんも素ちゃんもピーターも、みんな見よう見まねで踊り出した。(つづく)