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 ジョンがマサイ族の象徴である真っ赤なマサイケープを持ってきた。ニッコリしながら鶴さんの身体に巻きつけようとしている。続いて大林素子にも・・・。仲間として認めてもらえたのだろうか。
「短いとか言ってんのかな」
 マサイ族の象徴を初めて身につける、素ちゃんの照れ隠しだろうか。しかし、たしかに、百八十センチを軽く超える長身の大林には、ちょっと寸足らずのような気がする。さらに、マサイの女性達が着けている首飾りがかけられた。
「ありがとう…」
 そして、マサイケープをまとった鶴さんが叫ぶ。
「バッ、バッファロー!」

 マサイの村では夕食の準備が着々と進んでいる。生贄?のチキンはまな板など使わず、ナイフで薪を割るようにガンガンと解体され、鍋の中に放り込まれていく。一体どんな料理になるのだろう。そして、ケニアの代表的な料理?料理というより日本人にとっての「ごはん」のような主食の「ウガリ」。鍋を焚き火で熱しながらトウモロコシの粉を入れ、お湯でこねただけのいたってシンプルな料理なのだ。

 我々弱小デジカメ撮影隊には、通称「バッテラ」という充電式のバッテリーライトが一つしかない。「パルサー」という、AC電源のライトは数灯準備してきたのだが、ここにはもちろんAC電源などがあるわけもないし、通称「ハツハツ」というガソリンで駆動する発電機もない。「バッテラ」は点けっぱなしでは、どうせ数十分しか持たないので、投げやり的に、且つ、熟考の末、懐中電灯を照明代わりにすることにした。焚き火の明かりをベースに、各自ヘッドライトを頭につけ、CPの私(CPと言っても、チーフ・プロデューサーではなくコンビニエンス・プロデューサー、つまり、何でも屋なのだ)が二灯の懐中電灯を持ち、カメラのレンズが狙う先をフォロー。二名のマネージャー氏も同じく懐中電灯を持ち、照明スタンドと化して地明かりとなるという、スタッフ総動員のコンビニエンス照明大作戦なのだ。

「チキンシチュー」と主食の「ウガリ」が出来上がった。
「まろやかですよ。是非、皆さん。今晩はマサイ族の村の中で、チキンシチューとウガリ、マサイ族と一緒に食べましょう」
 ピーターがまるでこの村の村長になったかのように雄弁に語って、日マサ合同食事会のスタートが宣言された。しかし、マサイ族の村人達は静かに料理を見つめているだけで、あたりには虫の音だけが響いている。
 ピーターが鍋を逆さにして、バースデイケーキのようにラウンド型に固められたウガリを取り出し、ナイフで薄いショートケーキのようにカットした。まずはレディファースト?素ちゃんに振舞う。お皿に盛られた横倒しショートケーキ状ウガリの横に、骨付きチキンと香草のようなものが添えられ、シチューのスープがかけられる。
「こういう風にスプーンを作ってスープをとるんですね。そして、口の中にポーン」
 右手の親指と人差し指でウガリをこねて、柄のないスプーン状の塊を作り、丸い腹の部分でスープをすくい取るのだ
 神妙な顔をして、悪戦苦闘する鶴さんと素ちゃん。
「うーん!うまい!」
 ボクサー経験時代の減量の習慣からか、普段は夕食をとらない鶴さんが、この旅の中では積極的に食べている。
「ウガリって美味しい。なんかトウモロコシの香ばしい感じと、ちょっとだけパンみたいな、なんていうんだろう、あれみたい、キリタンポ!」
 スポーツウーマンは食欲旺盛だ。
「全部食べちゃった。味自体はそんなにしないんだけどね。すいとんみたいな感じかな」
「香ばしくてね。スナック感覚っていうのかな。なんかね~」
 お腹が空いていれば、何でも?美味しいのだ。(つづく)

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 直立ジャンプするマサイと大林。元バレーボール選手の大林素子は、マサイ族の身体能力に興味を持ったようだ。バレーボールのアンダーハンド・レシーブの形を、手取り足取りマサイ族の友人ジョンに教える。
「イエス、イエス、バレーボール」
 ジョンは勘がいい。
「トス、トス」
 見よう見まねでなかなか様になってきている。
「スパイク、スパイク、オーケー」
 かなり調子に乗ってきた。
「やろっ!」
 と、ジョン。いつの間にそんな日本語を覚えたんだ?とにかく何にでも順応してしまう能力は凄いのだ。
 日本から用意してきた新品のペッタンコのバレーボールを小型の空気入れで膨らます。ジョンはすぐにやりたがった。
「これ好き?ユーライク?」
 シュポシュポと空気を入れるのを楽しんでいるジョンに、鶴さんが聞いた。
「イエス、アイライク」
 緑の大地の真っ青な空に、パンパンに膨らんだ真っ白なボールが弾んだ。いきなりオーバーハンド・パスを見事にこなすジョン。七回、八回、九回、十回と、大林とごく普通にパスの交換をする。続いてアンダーハンド・レシーブ。
「おー、うまい!筋がいいね、筋が!」
 鶴さんは、マサイチームの監督のようだ。
「筋がいいよ、ジョン!グッド、スジ」
 いきなり大林がスパイクを撃った。なんとジョンは、咄嗟に、教えてもいないワンハンド・レシーブでボールを拾う。持って生まれた天性の勘なのか、環境に培われた身体能力なのか、何も考えず自然に身体が反応しているようだ。
「ジョン!筋がいいよ!ナイフをボールに替えろよ!」
「すごい!うまい!」
 大林が、パスを続けるのをやめて拍手をする。
やがて、マサイ族のバレーボールの輪は三人、四人と広がり、円陣を作って日マサ合同の特訓は、白球が見えなくなるまで続けられた。

 草原の大地が黄金色に染まる頃、遠くに放牧に出ていた男たちが、たくさんの牛を引き連れて帰ってきた。村の中が活気立ち、一気に忙しくなる。日本から来た珍客をもてなす為の夕食の準備が始まる。鶴さんもそれを手伝うつもりのようだ。
 村で飼われている数羽の貴重な家畜の鶏。その、選ばれた一羽の首がナイフで落とされた。まだ動いている胴体を逆さにして切り口から血抜きをする。お湯につけながら丁寧に羽根をむしっていく。子供達は平気な顔をして手伝っている。血、肉、命、食、生きていくために必要なことが、あたりまえに行なわれているだけなのだ。
「・・・」
 結局、鶴さんは黙って見ているだけで何もできなかった。(つづく)

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 広大なアフリカの、ケニアの、マサイマラの、大草原の、サバンナの、ほんの一角で、数名の日本人と数名のマサイ族による、めちゃくちゃ地味な「槍投げ大会」が行なわれている。マサイが投げると、エロンガという鉄の槍はレーザービームのように飛んでゆき、アフリカの大地に突き刺さる。周りが地平線に囲まれ、比較するものが何もないので距離感がわかりにくいのだが、おそらく七、八十メートルは飛んでいるのではないだろうか。現在の槍投げ世界記録が何メートルなのかは知らないが、ちょっと鍛え上げればオリンピック競技に出場できるのではないかと思う。彼らの全身のバネはホント素晴らしい。
 それに比べて我らが日本代表の情けないこと。鶴さんはどちらかといえば文科系なので、ある程度仕方がないとして、元オリンピック日本代表バレーボール選手の大林素子には、もう少し期待していたのだが問題外。完全になめられてしまった。貧弱な日本人は相手にせず、彼らだけで槍投げの記録を競い、自らの力を誇示しているようだ。

「あれ、ハイエナかなんかじゃない?」
 素ちゃんが、飛んで行った槍のはるか先の方で、何かが何かの屍骸をついばんでいるのを発見した。
「やられたてじゃん」
 何故やられたてとわかったのかはわからないが、鶴さんが言い切った。
「高級住宅街の遊び場じゃねーんだからさ」
「ライオンとかが、そっこら中にいるんだからさ」
「ジャッカルなんか、俺達をこっそり見てるかもしれねーんだからさ」
 マサイに守られているとはいえ、自分達の無謀?な槍投げ遊びを反省しているのか、急に江戸っ子弁口調で鶴さんが騒ぎ立てる。

 我々デジカメ撮影隊は、今朝、サバンナのオアシスとも言える、現代文明を屈指した優雅で快適な宿泊施設「キーコロック・ロッジ」を出発し、やっとの思いでこのマサイ族の村にたどり着いた。その道中、当然「サファリ・ゲーム・ドライブ」を楽しみながら軟弱撮影旅を続けて来た訳だが、実際、いろんな野生動物に遭遇してきた。
 ポッチャリとしたおしりの「シマウマ」。妊娠した腹ボテの「キリン」。サバンナの荒くれ者「バッファロー」。子連れで群れをなして移動する「アフリカゾウ」。などなど。そして、この村にたどり着くほんの数キロ手前では、赤黒い肋骨だけになった獲物の残骸と百獣の王「ライオン」のハネムーン・カップルに遭遇。まさしく、肉食危険獰猛果敢な野生動物たちがウロウロしている草原の真っ只中で、無防備状態で遊んでる場合ではないのだ。

「ねえ、ピーター。トイレはどこ?」
「トイレは…。ないです」
「するなってこと」
「いや、そこらへんで」
「このへん、全部トイレ?ションベンしてる間にジャッカルに噛まれたりしない?」
 広大なアフリカの、ケニアの、マサイマラの、大草原の、サバンナの、ど真中で、立ちションしながらナイフを振り回す鶴さん。
 大自然の中で生きるのは結構大変なのだ。(つづく)