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 サバンナのど真中で焚き火を囲んでの、日本語とマサイ語のごっちゃ混ぜ合同ヒヤリング通訳大会も終焉を迎え、あたりの暗闇がいっそう濃くなってきた気がする。最高に盛り上がった後の反動なのか、それともマサイ族の人たちと打ち解けあうことができたという安心感からなのか、鶴太郎さんが静かに語り始めた。
「マサイの皆さん方は、人間としての感性、知性、思いやりが物凄く高いということをつくづく感じました。日本でも教育を受けていて、いろんなことを、情報を知っているけれども、知っていることが幸せだとは思わないしね。知ったことによって、あのマサイの皆様方が持っている心の豊かさみたいなものを、失っている人たちが物凄く多い。あらためてマサイの人たちの生き方に、あの~、現代人の我々は学ぶものが物凄く多いなと思いました。」
「ようこそ、ウエルカム」
 まるで鶴さんが語った内容がすべて解っているかのように、ジョンが答える。さらにジョンが話すことをピーターが通訳してくれた。
「この村にはね、はっきり言いまして、いろんな外国人が通ってきましたけれども、ただ写真を撮って帰るというだけで、外国人が泊まったことは全然ないということです。我々のこの汚い家に来ていただいて、一緒にこの牛の糞でできたモノに、一緒に泊まってくれるということ自体、もう深く感じて、もうどーしても長い友達になってもらいたいと言っています」
「お互い生きているときに、この地球上で出逢えて感謝しています」
 鶴さんの言葉に、マサイ族の人たちから自然に拍手が沸き起こった。
「すごい幸せです。いっぱい友達ができたから」
 大林素子の感謝の言葉に、イタズラっぽい顔をした鶴さんが、
「ホント?ホントに?彼らの家に泊まるの?」
「泊まりますよー、ハイっ!もちろん!」
 スポーツウーマンはさすがに潔い!

「今まで、ここには、世界中の人たちの中で誰も泊まったことがない。初めて泊まるんだよ。やった~。おやすみ」
 と言いながら、牛糞で作られたベッドに横になった鶴さんが手を振り回している。どうやら顔の周りを飛んでいるハエがうるさいようだ。
 素ちゃんはというと、隣の「牛糞の家」の牛糞でできた小さな入り口で、いきなり頭をぶつけている。ジャンボはツライのだ。
「うー!」
 今度は、牛糞ベッドに腰掛けて、スニーカーを脱いだ真っ白なソックスに、牛糞大地がべったりとついている。
「どーしたらいーでしょーか」
 今更何を言うとんねん。どないもならんちゅーねん。
「もうこのまま寝ます。ちょっと匂いは気になるけど、いい夢が見れそうです。素敵な夜をありがとうございました。おやすみなさい」
 素ちゃんの「牛糞だらけのおやすみシーン」を撮り終えた我々デジカメ撮影隊は、本日の撮影及び仕事関係業務全般を無事すべて終了。
 さて、ここで我々の寝床であるが、実は、予定していたキャンプ道具及びテント一式その他何やかんやが、何かの手違いで届いていないのだ。まあ、この手の事はココではよくあることだと既に学習しているので、スタッフ一同まったく動じることなく、まったく迷うことなく、素直に牛糞の家に泊めてもらうことにした。だって、野生動物だらけのサバンナでは、牛糞の家が一番安全に思えたからである。しかし、私、無責任コンビニエンスプロデューサーと根性マルチディレクターの岡崎、そして、空手黒帯デジカメカメラマンの名木の三人でひとつのベッドに、まさしく川の字になってシングルサイズ以下の牛糞ベッドに寝るのは困難を極めた。一番奥の、川の字の、最初の一画目に位置した私は、左を向けば数センチ先に岡崎の顔、右を向けば牛糞の壁という、八方ふさがりどころかまったく身動きの取れない状態。寝相の良さには自信があったのだが、何故か、翌日、牛糞だらけになっていたのだ。(つづく)

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「ヤッイーヤ♪ヤッイーヤ♪」
 マサイ族の「ライオン狩り」の儀式の唄も佳境を迎えつつあるようで、ひとつの重いリズムを繰り返し刻み始めた。
「オッオ♪オッオ♪オッオ♪オッオ♪」
 まるでトランス状態になったように、村人達が一斉にリズムをとりながら踊り始めた。直立ジャンプをする者もいる。高さを競い合っているようだ。
「これはショーだとは思っていない。一生懸命で、時には、痙攣を起こしてオチてしまう者もいる」
 珍しくピーターが、我々デジカメ撮影隊に対して、重々しく語る。
「オッオ♪オッオ♪オッオ♪オッオ♪」
 暗闇の中で異様に白目だけが光り、集団で踊る様は不気味さを感じさせる。「ライオン狩り」には全く縁のない鶴さんも、何故か参加した。
「オッオ♪オッオ♪ヤッイーヤ♪オッオ♪オッオ♪」
 直立して両手を真っ直ぐに下ろし、上半身を前後にくねらせる異様な踊りが続く。
「先程、ハイエナの鳴き声が聞こえました。次は、きっとライオンの鳴き声が…」
 ピーターは我々を脅かそうとしているのか、もしくは、この場の雰囲気を盛り上げようとしているようだが、こうなったら、我々も日本男児のはしくれ「サムライ魂」でいこう!BGMがわりにライオンの遠吠えも悪くない、悪くない!
「ライオン!COME!カム!」
 鶴さんもノリノリだ。
「大丈夫!噛まないです!」
 ピーターもボケボケだ。
「これぐらいモランがいっぱいいる!マサイ戦士、ソルジャーがいるんですから!ハクナマタタ!」
「ハクナマタタ(スワヒリ語で「気にしない、問題ない」)」
 力の入ったピーターの語り口に、鶴さんはつっこむ余裕もなく、アフリカ的ボケボケ力説ペースに巻き込まれてしまった。

 日マサ合同ライオン狩り踊りは、最高の盛り上がりをみせて一段落。サバンナに暗闇と静寂が戻り、みんなが焚き火の周りに集まった。ジョンが鶴さんのために、マサイ語を教えてくれるという。
ジ「スワナデンゴング」
鶴「スワナガンゴンゴー」
マ「(笑い)」
(以下、「鶴」片岡鶴太郎。「ジ」マサイ族の若者ジョン。「マ」マサイ族の皆さん)
ジ「スワナデンゴング。ハウ・ア・ーユー」
鶴「スワナカンゴング」
ジ「スワナデンゴング」
鶴「スワナカンゴング」
マ「(笑い)」
ジ「スワナデンゴング」
鶴「スワナカンゴング」
ジ「スワナデンゴング」
鶴「スワナカンゴング」
マ「(笑い)」
ジ「スワナデンゴング」
 おいおい、いつまで続けんねーん(つづく)

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 漆黒のサバンナに、焚き火と懐中電灯の明かりだけが蛍のようにうごめいている。日本人数名とマサイ族の不思議な晩餐会、そして、スタッフ総動員のコンビニエンス照明大作戦によるデジカメ撮影会が続いているのだ。最初は静かに見守っているだけだったマサイの村人達も、我々客人たちが食べ始めたのを期に、あっという間に鍋のチキンを平らげてしまった。

「このお父さんは6人の奥さんがいて、8人の子供がいるんですって」
 いつの間に情報収集をしたのか、マサイの人々と打ち解けムードの大林素子が言う。
「笑ってる、笑ってる。しかも、ちょっと流し目」
 マサイの社会は一夫多妻制。多くの男達は、4~5人の夫人宅をかわるがわる泊まり歩くという。そんな生活がしてみたいもんだが、それを日本で実行するには、多額の収入、世間体や周りの目を気にしない強固な精神力、そして、何より強靭な体力が必要となるだろうから、我々には当たり前に難しい。
「皆さんの中でライオンをしとめた人はいますか?」
 鶴さんが聞くと、すかさずピーターが通訳する。
「この人は、一匹のライオンを倒した」
 そして、素ちゃんと仲良しになった「流し目」のお父さんを指して、
「この人は、二匹のライオンを倒した」
 さすが、6人の奥さんを持つ人はマジメに強いのだ。
「集団でハンティングに行くんだけど、帰りはライオンに何人か殺されてしまいました」
 マサイの勇者たちが、一瞬、悲しい目をしていた。

 野生動物保護の運動が盛んになったため、マサイの戦士集団「モラン」の一員となるための最後の関門「ライオン狩り」の儀式は、現在は行なわれていないと聞くのだが、どうやらそうでもないらしい。公には行なわれていないとしても、きっと密かに、儀式は受け継がれているのだろう。だいいち、いくら動物保護のためとはいえ、長年受け継がれてきたマサイ族の伝統文化に、文明人(こういう言い方はちょっとイヤだが)が介入するのもどうかと思う。きっと、マサイ族の「ライオン狩り」も含めて、ずっと昔から、自然の掟として、弱肉強食、自然淘汰のバランスが保たれてきたのだろうから…。コンビニエンス無責任プロデューサーは、夜のサバンナのど真ん中で考えた。
「ジョン。将来はライオンを倒せる男になりたいですか?」
 鶴さんが聞いた。
「最近、一匹殺そうとしたけれども、ライオンが逃げてしまった。もう一回チャレンジする」
「ウォーホ♪ウォーホ♪ヤヨレヨ♪」
 自然に、誰からともなく声が上がる。「ライオン狩り」の儀式の唄が始まった。誇り高きマサイ族の唄声がサバンナの暗闇の中に木霊する。(つづく)