次回初段予定の方々、令和3年9月現在 | NeoMackey_ITpro&古武道のブログ

NeoMackey_ITpro&古武道のブログ

ブログの説明を入力します。

来年明けくらいに初段を受けられる可能性のある方に出した文言です。既に有段者の方には分かり切って不要でしょうが参考まで、長文ですよ!

令和3年9月吉日
大東流合気柔術 槇原 恒夫
次回初段予定の方々 宛
早いものでもう1年経とうとしています。大東流合気柔術の技は奥深く、どの技も研究すればする程新しい発見が有ります。幸い森恕門下は大東流合気柔術の秘伝とも言われる合気之術をなにがしか会得されたり、その柔術と異なる感覚を知っています、高度な柔術技と合気を混同する事はあり得ません。平成令和の森恕先生がお元気な時点まで西代にて直接指導を受けていた直門下は槇原、鍵田、藤江、岸本、谷井、立花、藤江美帆、久一、の面々で中嶋、曽根、栗原、龍神、松木、小林なども受けとして感覚を知っている者です。その他の方は継続しての森恕先生の教えは受けておりません。当然この森直門下の方々からの森先生からすると孫弟子として教えや指導で合気への正道を歩いている会員も存在します。
 追記、語弊無き様に西代や百番等で稽古されている方は、本人の自覚とは別に合気が発現されている事が見て取れます。ただまだ充分に会得したり、自覚持ちながら迄は至って無い様です、余り名前をあげると宜しくない事も有りますので省略させて頂きますが。
 さて、その合気は大東流合気柔術の関節技、急所技、柔術技の全てを知らなくても会得の道に進めますが、ある程度関節技・急所技・柔術技を理解し、実際に技をこなさなければ武術として駄目な事も真実となります。よく門外漢の他武道の高段者や師範クラスが合気技の理屈を述べたり解釈しようとされるのがネット上などで散見されますが、何れも的を得た説明ではありません、合気を理解されていると思う事は皆無です。大東流を名乗る各派でもその説明がかなり曖昧模糊な理念(精神論を論じたり戦わない精神とか平和とか和合とか:このような理想の精神論は大事ですが武道としては論理のすり替えで技術から逃げているとも言えます)や、はたまた近代スポーツ論(単なる屈筋、近代スポーツ的な体幹、中国系の勁力、簡単な力学の応用、梃子の原理、等)の物が有りますが、合気の答としては遥か彼方でしょう。
 大東流柔術はその名の通り力をぶつからせない柔術です。初伝では痛いキツイ武術と言われるのは急所技・関節技を主に利用する実戦武術の為でしょう。中伝(これも異論が有ると思われますが、中伝を現代の段位に当てはめるのでは無く、全ての技で無くとも良いが肩の力が抜けて得意な体術を使えるレベルが中伝でしょうか?逆言えば有段者でも技を施す時に肩に必要以上の力がこもっている者は初伝レベルと言えます)の相手に力感を感じさせにくい柔術が主体で有り、初心や門外漢の理解しやすい関節技、味付の急所や経絡を利用した技が有り、その秘伝的な崩しに合気が有ります、ですので合気論だけを机上で論じてるだけでもまた合気技は会得出来ません。中伝から奥伝の辺りでは丹田力が使え現代風に言うと体幹力にブレが少なくなり、腰や軸がしっかりして踏み込み踏み付けに無駄が少ない事では無いでしょうか。ひつこく記しますが崩し全てを合気と言っているとまた道遠くなるでしょう、柔術と合気は別物です。
順序として、急所技、関節技を習いそこに柔術の理合を入れて武道として稽古し、武道ですので礼節や最低限の日本人としての作法も含みスポーツや格闘技とは一線を画します、その上で合気の出来る先達から合気技を継承稽古を受けるのが正統に近づく早道でしょう。
急所技・関節技・柔術技のみを探求研究し稽古に励んでも合気には到達できません。合気技は合気の稽古を突き詰め、柔術の単純な技術を使わ無い、と言う、柔術と合気は何処かで別物と割り切った稽古が必要です。多くの門外漢の目から見た合気は大東流の合気では無く単に直接の力が分かり難い技術を指している事が殆どで、同系統の技術を有する合気道や、その他柔術各派、大東流、大東流合気柔術を名乗っていても、良くて柔術の巧みな技法で終わっている名人クラスも後を経ちません。真の大東流、合気を会得したければ、初段まで(本意は段位に関係無く合気を会得するまで)はかなり関節技、急所技を踏まえた、力任せでないが力を出す柔術を学びながら、合気上げ、錬成、等による丹田の養成、正しい姿勢、体重操作、足使い、千鳥足の真意、踏付、目付、剣の扱い、手の内、剣の握り、剣の締、間合、中心線、水平線、呼吸法、長息、そして受手や敵対する者の動きや力、これらの基本を深く心棒強く学んでいく必要があります。
 これらの要素がそれなりに準備が出来てきているのが本来は初段や黒帯では無いかと考えます。具体的にはまだまだそれぞれ技術は師に習ったレベルでは無いが、自分流の解釈ややり方が30本程度の技に施せるようになるという事で、30本を技名と共にこなせるという事になるのでしょう。先生方から受験を推薦された方は全ての事が出来た訳でも無く、初段の試験技が本当の意味で出来ている訳でもありませんが、体のつくりがある程度出来てきて大東流の合気を目指す方向に進んでいると考えていただけば良いでしょう。初歩の初伝の痛いキツイと言われる技に意味が無い訳ではありませんが、そのやり方に拘泥していると柔術家としても初伝の枠を超えにくいと考えます。
 逆説的ですが初段までは30本を師のやり方を真似、滑らかにかける事です。既に初段を受ける段階では私は痛みを入れる必要性は無いと思います。いつでも痛みを入れられる体制や場所を認知している必要はあります。正しい合気の道の前提条件は受け手は乱雑に逆らうのは駄目ですが、一定の攻撃力を示し分かりやすい方向性を示してもらい、それに対して隙の少ない体制で手順をひとつづ正確に再現出来る様にしましょう。柔術技の多くは二つの事を同時に行ってはいけません。体の使い方に於いては手や足と同調しますが、手の動作は、例えば捻る、返す、押す、動かす、極める、等々は確実に一つづつ行う事です。ただし気を切る様なひとつづつの動作ではありません。しっかりと捌く、腕を曲げる、等を確実に行いなさいという意味です、その最後に次の動作をしっかりと始めるのであって止まるのではありません。逆に合気技は一つづつの動きの最後を次の動作につなげる事が必要となります、これは柔術技が完成してくればそのつなぎの呼吸や息継ぎが効率よくなります、肝要な事柄となります。
武道は初段が本当のその流派の門に入った事になると言われます。この伝わる技術は理解できれば年齢、性別、そして関節技・急所技・柔術技の稽古の年数によらず様々に体にも良い影響を及ぼすようです。関節技・急所技・柔術技の稽古は数年単位ではこれらの本質も理解出来ませんが、関節技・急所技・柔術技の稽古を長年続けたからと言って合気に到達はしません。
以上、初段を受ける前の考え方の参考です。