偉そうな事を言うな!
がアチコチから聞こえていますが
>.<
何事でもそうだと思われますが、理解が出来た時、分かった時、見えた時、悟った時と言う瞬間が有ります。
私の場合もそれは確かに有りました。そして人伝に森総務長が私が合気をわかった!か習得した!と言われていた様です。合気が見えると他者の合気も確かに見えます。
私もその頃から合気が見えると言うか、合気が出来ている人とそうでない人がハッキリと区別出来るように成りました。
まだ完全に覚醒していないかも知れませんが、同門のF氏、K女史支部長、K女史、はあきらかに有る特定の合気が出来ています。
元々の直接の弟子では無いがH氏も合気が一部出来ています、彼だけは森総務長直門では有りません。
私の稽古法を続けており、出来る者の手を取って稽古していると身につくのかもしれません。
その合気準備の体ができている者には私の所に、欲得なく習いに来られていると確実に進歩されてもう少しと所に入って来られてます。
T氏、K氏、N女史、S女史、K女史、H氏、O氏等もそれぞれ合気の準備の体が出来てきています。
最近の入門者のN氏、M女史もこの稽古の道を外さねば確実に軌道に乗ってきています。
逆に合気が出来無い柔術が得意な者や柔術の枝葉末節のテクニックを磨けば磨くほど合気から遠ざかります。
合気の定義を何処にするかで、この問題もややこしくします。私の定義もほほ森総務長が話された範囲と同じです。
合気はコチラの身体の操作で相手の無意識の様々な現象を発せさせる技術です。
その可能にする要素は、正しい姿勢、無駄な力の廃止、呼吸法、体の柔軟性、丹田の養成、丹田力の強化、などから成り立ちます。その他、日本の武道や稽古に内在される事が本当に理解しないと駄目ですが…、上辺の言葉の理解や説明だけでは論語読みの論語知らずですね!
その内の何れかの要素は日本の武道や他流柔術とも相通じる所も有ります、所詮他流は書籍や外見上からの判断ですが、特定の技術に偏った流派には合気に通じる要素が全く無い事も理解出来ます。
合気をもう少し広義で考える方の物と、大東流合気柔術に伝わる合気とは技術の精妙さで雲泥の差が有ります、わからない者にはわからないのは、最近では差別的で怒られるかも知れませんが、群盲像をなでるでしょう!
また別の論で、かなり広義では崩し全てを合気と呼ばれてますが、これではまともな合気に絶対にたどり着けません。
崩しの同類で、見え難い力の中国拳法系の様々勁力で説明される方も居ますがこれも似た技術は武道としての大東流合気柔術には有りますが、合気とは全く別物です。
また柔術を突き詰めて、様々な柔らかさや、巧妙な関節技、接触点から遠い様々な筋力の様々な技法も有りますがこれも合気とは全く別物です。同門でもこの様々な巧妙な柔術の研究に走り、合気とは全く別物なのに合気と詐称する者が後を絶ちません。
各自プライドが邪魔して、自分が先輩だとか、自分が柔術では巧者だとか、他の格闘技術に勝っているとか、他の技術からの理解で合気を補おうとしたりで、全く見当違いに、足を踏み入れて藻掻く輩は、おそらく無明地獄に彷徨う罪人の如くでしょうか?
また広義で崩しの異なる解釈方面で、精神的な話や、トリックや、師と弟子の間の空気感や、はては催眠術の一種とか、または神様や精神世界のオカルトチックの事でこの辺りを合気呼ぶ人も居ます、全く別物です。
まか不思議に見えるので、日本の山伏の術や神道、仏教等の真言や、魔法的な呪文系も、合気と同類に考える方々もいる様です。
このどれもこれも技術や現実にあることとかには否定は致しませんし、世の中では不可思議な事もまだまだ有るのも否定致しません、しかし武道の大東流合気柔術の合気はこの様な分野とは全く別物です!
テコの原理などは全く合気と呼ぶに相応しく無い分野の事柄で、ネット上の動画にはほぼ合気以外を大東流合気柔術の合気と称して居ます。
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