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名古屋日本酒案内

主に名古屋市内での日本酒事情にスポットを当てます。
特定銘柄が買える・飲めるお店の案内や、イベント情報について。
時々日本酒の紹介。

前編はこちら

 

3月14日、にいがた酒一揆当日、午前0時。

発案者の方による開始の合図。

私はその開始の合図と共に一つ呟き、その日は就寝。

ちなみにその際に上げた吉乃川スパークリングにはとても衝撃を受けたので後日個別で記事にします。

 

そして翌朝。

よし、勝負だ!というくらいのやる気に満ち溢れ起床。

あらかじめ撮り溜めしておいたカップ酒の写真も準備万端。

しかし、さて、どういう風に紹介したものかと。

ここまできて、実はまだそこまで考えていなかったのです。

なんせ新潟のお酒で飲んだことのあるものなんて、県内全蔵からすると2割程度だと思います。

だがとにかくこのネット社会、調べることなどいくらでもできるはずだと、とにかく走り出しました。

まあ皆さんお気づきであったかと思いますが、あの一連のツイートにおける一言二言ネタは、飲んだことのあるもの以外は全てネットで拾った情報です。

(そのため、一部誤認していた情報もあったようで、関係者各位の方々すみませんでした)

 

まず初日は合計28蔵の紹介をしました。

手持ちのカップ酒がおよそ60蔵くらいであることは把握していましたので、初日でこれなら何とか2日目で全て紹介できるかなという手ごたえはありました。

そして一つ一つの蔵を調べていて思ったこと。

酒蔵の歴史ってすごい

これは改めてホント~~~に実感しました。

それもそのはずですよね。

比較的創業年の新しい酒蔵でも軽く100年程前であるのが当たり前の業界です。

そりゃあいろんな歴史がありますよ。

 

例えば、長岡市で”長陵”を醸す高橋酒造さん

こちらは、第二次世界大戦時には空襲、昭和39年に一度目の震災、そして平成16年には二度目の震災と、

何度も被害を受けながらも町のシンボルである赤レンガ造りの蔵はそれらを耐え抜き、今も尚お酒を醸し続けています。

 

そして、柏崎市で”越の誉”を醸す原酒造さん

こちらのお酒は、日中国交正常化に際し、北京で行われた晩餐会の乾杯酒に選ばれたという、歴史の節目に大役を担っていたお酒です。

そして毎年秋に行われる新酒まつりには、なんと3000人もの人が集まるそうです。

 

 

酒蔵はある意味歴史の生き証人なのだなと、実感しました。

また、歴史以外にも、各蔵の信条やこだわりには、とても深く頷けるものがたくさんありました

以下、個人的に好きだなと思ったものを挙げていきますと、

 

魚沼市の玉川酒造さん…「日本酒を通して楽しく健康に」

 

阿賀町の麒麟山酒造さん…「酒は辛いものという信念のもと、淡麗辛口をただひたすらに追及し続ける」

 

新潟市の笹祝酒造さん…「地元民に愛される普通酒をいつまでも楽しんでもらいたい」

 

長岡市の板倉酒造さん…「高いお酒が美味しいのは当たり前。普段飲むお酒が美味しいことに価値がある」

 

上越市の頚城酒造さん…「故郷に対する感謝と継続的な発展に貢献できる酒造りを」

 

この他、まだまだこだわりを持ったお蔵さんがたくさんありました。

当たり前ですが、各蔵しっかりとした信念を持ってお酒をひたすらに醸し続けています。

そんな当たり前のことを、今回のイベントをきっかけにして深~く心に刻むことができました。

本当に発起人の方々には感謝しております。

それにしても、情報を調べるにあたり、まずは各蔵の公式HPを拝見していましたが、意外と作り込まれているHPが多かったように思います。

思えば日本酒を買って飲んでいても、蔵のHPをわざわざ見ようなんていうことは普段しないので、こういった意味でも良い経験になりました。

 

そんな風に思いながら2日間、ほぼ自己満足ですが、新潟県の酒蔵の3分の2程は紹介できました。

これで、3分の2。

またまたですが、改めて、新潟県は酒蔵が多いよ!!

しかし多いということは、それだけ多くの歴史や文化、造り手の想いがあるのだなと。

今回にいがた酒一揆に参加し、新潟のお酒について広く知ることができたのと同様に、例えば今在住している愛知県であったり、地元の石川県の酒蔵についても、いろんなことを知りたくなりました。

自分なりに本気出して参加してみて本当に良かったです。

 

最後になりますが、今回の私のツイートに対し嬉しい感想やリプライをしていただいた方々、そして新潟のお酒をさらに好きになるきっかけを作ってくれた発案者の方々、本当にありがとうございました。

今回のために用意したカップ酒達は、何年かかけてゆっくり楽しんでいこうと思います。

 

今から2週間前、

にいがた酒の陣中止の悲報を受けて立ち上がった有志達によるオンライン(主にTwitter上)イベント「にいがた酒一揆」が行われました。

参加者は皆各々イチオシの新潟酒を飲み、語り、食と共に楽しみ、また、YouTubeでの蔵元座談会を楽しんだりしていたと思います。

 

そんな中、私はと言えば、そう、ご存知の方もいると思いますが、カップ酒の写真を、その蔵元の豆情報と共にひたすら上げ続け、甘酒蔵も含めて計57蔵のお酒を2日間にわたって紹介することができました。

そもそも何故そんなことをしていたのかと言いますと、今回のイベント開催の報せを受け取った際、私がまず考えたのは、何をすれば盛り上がるだろうか、ということでした。

この時点で既に、ただ普通に新潟酒を飲んでツイートするだけでは面白くないな、と、そう思っていました。

ちなみに一番初めに浮かんだアイデアは、八海山の金剛心と鶴齢の300周年記念酒の飲み比べを動画配信でもしようか、というものでしたが、なんかただ高いお酒を飲み比べるだけではそこまで面白くないかなと思いました。

(それにしても、金剛心も300周年記念酒も探せばあるものですね。ネットってすごい)

 

そんな折、私の

 

”悲報 新潟酒の在庫が1本も無い”

 

という呟きに対して、本イベントの発案者である方からこんなリプライがありました。

 

”今すぐ50本くらい買ってきてください!”

 

そう、これを見た時、ピン!ときました。

新潟酒全種類買って飲み比べたら面白いな、と。

そもそも「にいがた酒の陣」の中止により始まったイベントなのだから、その弔いのために全ての蔵のお酒を飲むというのはアリだな、と。

しかし、ここで問題が2つ発生しました。

 

①愛知県在住の私がどうやって集めるのか

愛知県で直接買える新潟酒と言えばほぼ有名どころばかりでおよそ10数種類程度。

全て集めるには通販に頼るほか無いのですが、果たして全て売っているのか。

 

②イベント2日間で全て飲めるのか

これについては、例え全てカップ酒だったとしても初めから無理だなと諦めました。

とりあえず代替案として何かしらしたいなと思いました。

 

②は後々考えるとして、とりあえず①をどうしようかと。

そこでいろんなネット通販サイトを探し回った結果、50種類飲み比べ!、とか、30種類飲み比べ!、とか、上越・中越・下越・佐渡セット!、とかいろいろありまして、なんとか新潟県全体の約半数ほどのカップ酒を集めることができました。

それに加え、吉乃川さんの公式通販サイトで和らぎ水用に仕込み水のペットボトル、わたご酒店さんで本イベント用の限定5種セット、さらに甘酒もあったら面白いかなと思い数種類購入することにしました。

しかしながら、愛知県にいながらにしてそこそこ集めることはできましたが、全蔵分集めることができなかったのが今でも心残りではあります。

(探し回ってた時、新潟の酒蔵多すぎるわ!!と改めて思いました。あと、”越”という文字があるお酒がやたらと多い(笑))

 

さあ、そして問題②です。

上記の通り、2日間で全部飲むのは無理だと。(自分の肝臓&大腸的に)

それならばせめて紹介だけはしたいなと思い、最後のツイートであげた通り、並べてみました。

それだけでもそこそこインパクトはありましたが、これだけでは盛り上がりに欠けるなと思いました。

そんな中、公式中の人よりイベント当日の概要についての発表がありました。

目標の一つ、Twitterでのトレンド入り

再び、ピン!ときました。

1蔵ずつ紹介していくか、と。

自分のツイート数も稼げるし、リツイートでもされれば全体としてはかなり稼げるな、と。

そこで1つ1つ地味に写真を撮り続け、準備万端となったわけです。

こうして私の酒一揆は幕を開けたのでした。

 

後編に続く

 

2020年3月13日現在、新型コロナウィルスの影響により開催中止となった”にいがた酒の陣”に代わり、オンライン上で新潟のお酒を盛り上げようととあるお方の発案から14、15日と主にTwitter上で開催されるオンライン日本酒イベント”にいがた酒一揆”

その企画の一環として新潟の日本酒にまつわる思い出を語る「思い出のにいがた酒」

Twitter上では言葉が足りん、ということでブログに書きます。

先日チラッと呟きましたが、私が日本酒を初めて美味しいと思った原体験についてです。

 

あれは私がまだ大学生だった頃。

当時からお酒は大好きで、20歳の時には既に酔っ払いキャラとして仲間内では認知されていた私。

しかし、お酒を飲むようになってまだ駆け出しであったため、飲むのは主に缶チューハイ、居酒屋ではカクテルと、甘くて飲みやすいお酒ばかりでした。

(ちなみにビールを美味い!と感じるようになったのも社会人になってからです)

 

そんな私が大学3回生になった4月。

私が通っていた大学には学生委員という組織があり(たいていどこの大学にもあるのかな?)、いわゆる、学内での公式イベントに携わったり、学内でボランティア活動を行ったりしていました。

毎年年度が代わり、4月の初旬になると、会社でいう決算報告会のようなものが行われていたのですが、その会の後には学生食堂借り切って打ち上げが行わていました。

そしてその打ち上げで出てくる料理やお酒がとても豪華なものだと、学生委員に所属していた何人かの友人、そして親しい後輩からそう話を聞いていた私は、こっそーりとその会に忍び込み、あたかも委員の一人であるかのように席に座っておりました。

(まあみんな気付いていたのでしょうが、見て見ぬフリをしていたのだと思います笑)

 

2時間程度の報告会が終わり、いよいよ打ち上げへ。

それは話に聞いていた通り、学生にとってはそこそこ豪華なものでした。

寿司や天ぷら、カニにローストビーフ、そして何本ものアサヒビールの500ml缶と様々な種類の缶チューハイと果てはウイスキーまで。

乾杯の合図と共に、そこかしこでプシュッ!という小気味良い音が聞こえ、皆それぞれに楽しんでいました。

料理に舌鼓を打つ者、缶ビールの一気飲みをする者、とにかく談笑を楽しむ者。

そして打ち上げが始まり1時間程経った頃でしょうか。

とある学部教授が、

 

「美味い酒持ってきたぞー!!」

 

と、一升瓶を2本持ちながら入ってきました。

どん、とテーブルの上にそれらを置きます。

お酒は大好きでしたが、甘いお酒ばかり飲み、それこそ日本酒なんて、チェーン店の飲み放題で出てくるアルコール臭いものしか飲んだことの無かった私でしたが、「美味い酒」という言葉に反応し、何人かの学生が既に群がっている一升瓶の周りに入り込みました。

ラベル中央には大きく”久保田”と書かれてあり、右上には少し控えめに”萬寿”と書かれていました。

そう、それこそが久保田萬寿との出会いでした。

当時日本酒にそこまで興味の無かった私が”萬寿”という文字を見て読めるはずもなく、また、久保田が新潟の超有名銘柄だということも知る由もなく。

それでも、良い年をした大人(失礼)が自信を持って勧めてくるのだから、よほど美味いのだろうと思いました。

お酒を注いでもらう列に並び待っていると、

 

「これは新潟のお酒で~」

 

という教授の話が漏れ聞こえ、そこで初めて新潟のお酒であると知りました。

 

 

さあ、そして私が注いでもらう番になり、ニコニコで何故か既に赤ら顔(飲んできたのか?)の教授が、

 

「これ、美味いぞぉ~。貴重だぞ~」

 

と話しかけてきましたが、何分侵入者のため愛想笑いで返します。

ここで注がれた器はただの紙コップでしたが、注がれた瞬間、フワッと、今までに嗅いだことのない美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、まずそこでうおっ!と思いました。

明らかにこれまで飲んだことのある日本酒とは違う、と。

この時点で期待感はますます高まります。

そして一口含むと……、

 

「なんじゃこりゃ!!」

 

と、本当にびっくりしました。

なにせ、口の中で旨味が弾けた、というか爆発したように感じたのですから。

そこからはもう「美味え!すげえ美味え!」と言いながら早々に一杯飲み干しました。

これはもっと飲みたい!と思い、一升瓶の方を見ると、既に1本無くなり、もう1本は別グループがキープしているようで、手を出すのが躊躇われる状況でした。

ここで、もう1杯飲ませてくれ、と言える勇気が私にあるはずも無く。

しかし、たった1杯だけでしたが、その余韻がとても幸せで。

日本酒ってすげえんだな、と。

そう思わざるを得ませんでした。

 

この体験が無ければ、もしかしたら日本酒に苦手意識を持ったまま社会人になり、もしかしたら焼酎やウィスキーなど、あまり他のお酒にも興味を持たずに、ビールばかり飲んでいたかもしれません。

それはそれで良かったのかもしれませんが、ただ言えるのは、この時日本酒は美味いものだと、知らなければ、確実に今の私はいないわけで、いろんな人やお酒との出会いは無かったでしょう

あの時の久保田萬寿との出会いに感謝し、私の「思い出のにいがた酒」を締めさせていただきます。

乾杯。