すずきふみよしの「星の音を聴く」 -9ページ目

すずきふみよしの「星の音を聴く」

読むこととはすなわち聴くこと。耳を傾けること。
ホロスコープから「聴いた」ものを、そして感じとったものを、日々丹念に言葉にしていきます。

サビアンシンボルは
蠍座12度「公式な大使館の舞踏会」

このシンボルのキーノート(基調)は
「支配階級のエリートの代表者たちのあいだでの文化的交流の、最も高いレベルにおいて開花する集団帰属意識」

きょうはどんな日?
力や富や名声が儀礼的に誇示されるような人間関係のなかで、必要とされる手続きや作法に即したうえで欲望の充足を図りたいときです。

自己犠牲をも厭わない〈愛〉を基盤においた深い人間関係の意義をかんがえ、傍観と実際の関与との境界を意識しておきたいときというのがきのうでした。蠍座の季節のはじまりからのプロセスを踏まえ、築ける人間関係の深度がより深く変わってきている。そのような関係が存在することを理解し必要の意義をとらえ、場合によっては具体的に行動してみようという具合でしたが、傍観にとどまったでしょうか。きょうはもっと自分の直接的な欲求から行動してみましょう

深い関係が必要になるということはそれにふさわしい状況があるわけで、言い換えればそれが整っているということが〈愛〉があるという状況なのだと説明することも可能です。しかし、具体的に行動に移すことには責任が伴い、それでもどうしてもそうせざるを得ないという必然があってこそその行動は〈自発的に〉生じるのです。困っている人に救いの手を差し伸べる、大切な人を守るという行動に〈出てしまう〉のは、傍観から実際の関与へと一線を踏み越える行為だと言えます。きょうはそのような切迫した状況下での行動ではなく、欲しいものを欲しがり手に入れようというごく素朴な気持ちからの行動に出てみましょう。しかしそれはけっしてカジュアルなものではありません。シンボルに描かれているのは社会の特権的な階層で行われる限られた人々を対象としたイベントです。ドレスコードさえ守ればだれでも参加できるというような生易しいものではありません。しかし最低限それを守ることが必要とされているのも事実です。きょうのテーマは、欲しいものを手に入れる際には、必要とされる手続きをしっかりと踏まえたやり方でやらなければならないということです。なにも階層の違いを縦断的に乗り越えるような交流を達成することが目的ではありませんが、少なくとも所定の手続きのなかで自分を表現することは学んでおきたいものです。どんなドレスに身を包んでいても個性というものは匂い立つように現れて相手に訴えかけることができるはずだからです。しかしながら一方で鼻持ちならないほど独善的なまでに特権を求めたがる傾向が見られるときでもあります。自分がそれにふさわしいのかよくかんがえましょう。
サビアンシンボルは
蠍座11度「溺れている男が救出される」

このシンボルのキーノート(基調)は
「個人の安全のための社会集団への深い関与」

きょうはどんな日?
自己犠牲をも厭わない〈愛〉を基盤においた深い人間関係の意義をかんがえ、傍観と実際の関与との境界を意識しておきたいときです。

内的な課題を克服した状況下にあってかつて共通の体験をした仲間との旧交を深め、人間理解の深化を図りたいときというのがきのうでした。変化への欲求をどう扱うか、その帰結として肥大化しつつある欲望の制圧を達成できたところであらためて人との交流を楽しんでみよう。いまの状況ならば旧友との交わりがより深いものへとなることだろうという具合でしたが、有意義な時間はすごせたでしょうか。きょうは人間関係の深度と具体的な行動についてかんがえてみましょう。

以前よりも意識して相手の背景を慮ることができるようになっているからこそ、すでに相手の背景を知っているような間柄であればより深い理解にいたることができるだろうという理由からのきのうの提案でした。人と人とが交わるうえでの理解の度合いが深みを増してきているいま、相手の事情に配慮するということも10日前とは趣が変わってきているはずです。「観光バス」で乗りあわせた人々は目的地に到着したあとは別行動になると予想され、別行動ののちにみなそれぞれ自分の生活のリズムを見い出してそれに帰っていくというプロセスをよしとしたわけですが、いまは一蓮托生に近いほどまで深い他人との関係が築けることでしょう。そしてそこにあるのは、端的に言えば〈愛〉なのです。愛には責任が伴います。関わった以上は最後まで面倒を見るような覚悟が、そしてそれに基づいた濃密な人間関係が、ここでは描かれています。そのような関係がいま必要だ、それをとり結ばなければならないという話ではありませんが、関心の方向性はそうしたものへと向かっていくことでしょう。具体的に行動するならば、本当に困っている人に、自分が責任をもてる範囲内で、ぜひとも手を差し伸べてみてください。ごく些細なきっかけによるヒステリー傾向や自己実現というものに対して一過性の興奮を覚え頼りにしもたれかかる傾向が見られるときでもあります。きょうは短慮は厳禁です。責任がとれるかよく判断して行動しましょう。
サビアンシンボルは
蠍座10度「親睦夕食会で古い仲間が再会する」

このシンボルのキーノート(基調)は
「仕事や経験の共同集団に基づいた人間関係の含み」

きょうはどんな日?
内的な課題を克服した状況下にあってかつて共通の体験をした仲間との旧交を深め、人間理解の深化を図りたいときです。

惰性的な慣行をあらため際限のない欲望に歯止めをかけ、それらが引き起こす有害な事態の予防あるいは改善を工夫しておきたいときというのがきのうでした。変化への欲求がかたちを変えて内攻し、自分で自分自身を搾取するような事態になることを避ける必要がある。行動を是正し欲望を抑えるべくあれこれ見直したり現状の改良改善に努めてみようという具合でしたが、技術による創意工夫は成し得たでしょうか。きょうは懐かしい顔ぶれに親しんでみてください。

変わらない自分を見い出したうえで変化を促そうとする力を内面に感じる。その実体は自分の荒れた感情なのだと認識することから、その変化への欲求をどう扱うかを火曜日以降テーマにしてきました。紆余曲折を経てついには肥大化しつつある欲望の制圧にいたったわけですが、とりも直さずそれは荒れた感情の克服でもあったわけです。こうしたプロセスを経たいま、存分に人との交流を楽しんでください。蠍座の季節のはじまりで述べた、深さと質を伴った交流が、きょうはまた9日前とは趣を変えて感じられ味わえることでしょう。人の背景を慮ることもでき、感情のコントロールも身につけ、内面の乱れも乗り越えたいま、人との交流はよりいっそう有意義なものとなっているはずです。新しい人たちとの出会いもよいでしょうが、いまの状況ならば旧友との交わりがよりよいでしょう。すでに相手の背景を知っているような間柄、知っているどころか自分自身が深く濃厚に介入した関係、苦楽をともにし同じ釜の飯を食った仲などであれば、共通の体験についてのむかし話からはじまっておたがいの近況もよく理解しあえるはずです。一方で個々人の違いがやたらと気になったりわるくすればそれが差別感情を引き起こしたり、また素朴な動物的本能が高ぶる傾向が見られるときでもあります。羽目を外すのもほどほどにしておくぐらいのコントロールはできるはずでしょう。
サビアンシンボルは
蠍座9度「仕事中の歯医者」

このシンボルのキーノート(基調)は
「社会的慣習や自我の切望のよくない結果を克服すること」

きょうはどんな日?
惰性的な慣行をあらため際限のない欲望に歯止めをかけ、それらが引き起こす有害な事態の予防あるいは改善を工夫しておきたいときです。

意識の深層を意図的に対象化して観察し、自己の内面を資源としてとらえ有効利用することをかんがえたいときというのがきのうでした。無目的でもよいので意識の深層に潜ってそこにあるものを見据えてみようという提案のおとといの、さらに先へ進む。見えたものを有効に利用することを、あるいは最初から内面の有効利用を目的としてあらためて潜ってみることをかんがえようという具合でしたが、使えるものを探してくることはできたでしょうか。きょうはひと呼吸おいてまた方向を変えましょう。

変化への欲求をどう扱うか。この3日間を端的にまとめればそういうことになります。その欲求を転化させ昇華して外部へ対象を求める、ひいてはそこから自分に立ち戻って、自分の内面を資源としてとらえ自己資本化していくようになる。しかし自分で自分自身を搾取するようになっては非常に息苦しく生きづらくしんどい状態にもなりかねません。内面を有効利用するにしても特定の意図や目的に即した限りにおいて行うというように節度を設けるほうが望ましいでしょう。かたちを変えた変化への欲求が、自分を食い荒らし滅ぼしていくような事態を避ける必要がここで生じています。シンボルに描かれている歯医者はおもに虫歯の治療を行う専門家です。虫歯とは偏った食生活や不健康な生活習慣が引き起こす病いの代表的なものであり、最新鋭の技術を駆使してそれを克服するのが歯医者です。節度なく無軌道に肥大化した欲望が招くあしき事態に対抗する存在として、ここでの歯医者は描かれています。よくないことが起きないよう〈予防医学的に〉自分のもろもろについての修正を図るべく、あれこれと見直してみてください。そのほかにも、すでに起きている劣悪な状況を改良改善していくことにも能力が発揮できるときだと言えます。ポイントは歯医者同様最新鋭の技術です。新しいテクノロジーの導入が状況の打開にきわめて有効となるでしょう。その場しのぎにすぎない姑息なものを軽率にも無思慮に受け入れてしまったり人工的なものを不健全に称揚する傾向が見られるときでもあります。技術信仰はよしとしても過信や盲信は禁物です。
サビアンシンボルは
蠍座8度「月明かりを浴びる穏やかな湖」

このシンボルのキーノート(基調)は
「高次のインスピレーションのための静かな開放性」

きょうはどんな日?
意識の深層を意図的に対象化して観察し、自己の内面を資源としてとらえ有効利用することをかんがえたいときです。

実利的な探求から一転して人間の意識の深層の探求に関心が向かい、それを通じて人間全般への理解にいたろうとするときというのがきのうでした。変化への欲求のさらに下層奥深くに潜り探求する。自分というものの奥底にはなにがあるのだろうかという探求がひいては他人への、人間全般への深い理解をもたらすことになるという具合でしたが、見えてくるものはあったでしょうか。きょうは見えてきた先をかんがえましょう。

深海に潜るということは、おとといの金鉱目当てに山に向かうこととの対比であり対照的な行為です。財を成し名を上げることは変わらない自分にとって達成し得る最大級の変化でしたが、皮相的な変化への欲求の下の深層にあるものとはどういうものかを見つめることは、もはや変化などというものに拘泥することをやめそれを超越する試みであるとも言えます。またきのうは目的はさておき深層に潜ってみて、そこにあるものを見据えてみるという提案をしましたが、きょうはそこで見えたものを有効に利用することをかんがえてみましょう。あるいは有効利用を目的としていま一度潜ってみてください。自分の内面から使えるものを探してくるということです。金鉱という資源を利用するのと同じように、自分を大いなる豊かな資源としてとらえてみましょう。シンボルに描かれているのは大変ロマンチックな光景ですが、ここに示されているのは〈愛〉というものの二つの側面です。湖を照らす月光は柔らかな慈愛の象徴ですが、それは湖という対象があってこそ反射し輝いて見えるものです。一方でそれに照らされている湖こそ、未分化で豊かな愛を湛えている存在です。そしてその奥深くにあるものをどう使うかがきょうのテーマというわけです。想像力においてまったく気まぐれなむらっ気だらけの予測不能な変化を無分別に楽しむ傾向が見られるときでもあります。行動に移さない限りはよしとしておきたいところですが、内面の有効利用のこともかんがえましょう。
サビアンシンボルは
蠍座7度「深海のダイバー」

このシンボルのキーノート(基調)は
「体験すべての隠された深みを探検し、根源的な進路を探求しようという意志」

きょうはどんな日?
実利的な探求から一転して人間の意識の深層の探求に関心が向かい、それを通じて人間全般への理解にいたろうとするときです。

変化への欲求を社会的な野心へと転化させ、功成り名遂げることで補償的にそれを満たすことへと関心が向かうときというのがきのうでした。変わりたいという欲求と裏腹にある変わりようもない自分を見い出したところで、では内面の安定をめざそうと提案したけれども、変わりたい欲求自体が解消されたわけではない。財を成し名を上げるということこそ自分が達成し得る最大級の変化だと認識して欲求全開でいってみようという具合でしたが、目的を決めて行動できたでしょうか。きょうは無目的でも自分のほうに関心を向けてみましょう。

わずか一日で功成り名遂げるというのはまずあり得ないでしょうが、少なくともそのような野心をあらわにして欲求を満たす方向には向かったのではとおもいます。きょうは方向を反転してみましょう。シンボルに描かれているのは深い海に潜る人ですが、目的は明確ではありません。水産資源を獲るためなのか海底に眠るお宝を発掘しようとしているのか、はてまたダイビングそのものをレジャーとして楽しんでいるのか。しかしいずれにせよ、これまでもたびたび現れてきたように海は無意識の象徴であり、そのなかを探索することがここでは示されています。きのうは金鉱目当てに山に向かいましたが、きょうは海に向かうというように対比的に描かれています。しかし海からなにを得てくるのかは、きのう以上に自分次第なのだと心得てください。深海に波はありません。おとといの岩場の海岸に打ちつける波、すなわち変化への欲求のさらに下層奥深くに潜ることがきょうのテーマです。目的はさておき潜ってみて、まずはそこにあるものを見据えてみてください。自分というものの奥底にはなにがあるのだろうかという探求は、ひいては他人への、人間全般への深い理解をもたらすことになるでしょうし、ダイビングに目的らしきものがあるとしたらひとえにそれです。基本的に人間嫌いの非社交的な性向が現れたり、まったくの馬鹿げた不合理な現実逃避傾向が見られるときでもあります。家に帰るまでが遠足のたとえのように、潜っても戻ってくるように注意しましょう。
サビアンシンボルは
蠍座6度「ゴールドラッシュが人々を生まれ故郷から引き離す」

このシンボルのキーノート(基調)は
「どんなレベルにおいてもより豊かな生活を約束する新しい価値への情熱的な探求」

きょうはどんな日?
変化への欲求を社会的な野心へと転化させ、功成り名遂げることで補償的にそれを満たすことへと関心が向かうときです。

変化を促そうとする力を内面に感じる一方でまったく変わることのない自分の本質を見い出し、その維持に関心が向かうときというのがきのうでした。コントロールされていない感情が波となって荒れている、一方で変化を受けつけない自分が存在することも認識する。両者がせめぎあうなかで、変わらないことをよしとして安定化を図ろうという具合でしたが、心の落ち着きは得られたでしょうか。きょうは目的を決めて行動しましょう。

変わらない自分の本質に変化を促そうとしているのはほかならぬ自分の荒れた感情なのだときのう述べました。この荒れ具合はおととい課題となった「定型化された表現」への、言わば反動です。かたちに当てはめることができなかった気持ち、あるいはかたちにあわせることをそもそも拒む気持ちが荒れる波となっていたわけです。変わりたいという欲求と裏腹にある変わりようもない自分を見い出したところで、では内面の安定をめざそうと提案しましたが、変わりたい欲求自体が解消されたわけではありません。きょうはその欲求が社会的な野心へと転化し昇華していきます。シンボルに描かれているのは1848年にカリフォルニアで発見された新しい金鉱に一攫千金を夢見て故郷を離れた人たちです。翌49年に世界各地から殺到した彼らはフォーティーナイナーズと呼ばれましたが、その根底にあるのはただ単に現状よりも豊かな生活が欲しいという純粋な私利私欲です。そしてそれもきのうの〈変わらないこと〉と同様なにも咎められるものではありません。さらにこの欲求は社会や共同体において自分が重要な役割を演じるようになりたいという功名心へと転化していくでしょう。財を成し名を上げるということは、変わらない自分にとって達成し得る最大級の変化だからです。欲求全開で進んでよしというときですが、もちろん美と倫理は必要でしょう。実践的な識別能力がまったく欠落してものごとの微細な違いが区別できなかったりイージーマネーに対して抗い難い欲望を示す傾向が見られるときでもあります。うまい話に足元をすくわれることのないように注意しましょう。
サビアンシンボルは
蠍座5度「巨大な岩場の海岸が波の打ちつけに耐えている」

このシンボルのキーノート(基調)は
「あらゆる制度化された手続きの不活発・惰性」

きょうはどんな日?
変化を促そうとする力を内面に感じる一方でまったく変わることのない自分の本質を見い出し、その維持に関心が向かうときです。

形式的で儀礼的な体験を通じて定型化された表現を学び、社会が要求する感情のコントロールを身につけておきたいときというのがきのうでした。自分が認められ受け入れられた感覚があろうともその集団などにはそれ固有の作法があって、それに則った行動が求められる。真に集団の一員となるという意味でも集団のなかでの礼儀を重視しようという具合でしたが、謙虚に学ぶことはできたでしょうか。きょうは内面に乱れを感じつつも安定をめざしましょう。

感情のコントロールを身につけるとはいえ、形式的にかたちにあわせるよう努めて守ってみたところで、自分の内面ではそのかたちへの抵抗が強く感じられているかもしれません。似つかわしくない格好をして慣れない振る舞いを、必要だからこそやってみたけれども、それは言わば〈本当の自分〉ではないのだという違和感や抵抗感。一応は押さえ込み一見コントロールできているかのようにおもわれる感情が、心の内で大きな波となって荒れているかもしれません。同時に、外見上はかたちにあわせることができても絶対にあわせることができない部分、けっして譲ることも変えることもできない自分の本質的な部分、つまり〈本当の自分〉を強く確認していることでしょう。シンボルに描かれている岩場の海岸と波とは、こうした両者――コントロールされていない感情と、変わらない自分の本質とを象徴しています。波は岩場の海岸に打ちつけて、削りとってかたちを変えようとしているかのようですが、本質的な部分に変化を促そうとしているのはけっして〈外圧〉などではなく、ほかならぬ自分の荒れた感情なのです。認識を正しくもちましょう。また1度の「観光バス」で乗りあわせた人々は目的地に到着したあとは別行動になるかもしれないと述べましたが、別行動ののちにみなそれぞれ自分の生活のリズムを見い出してそれに帰っていくというプロセスがここに示されています。変わらないことはけっして咎められることではないのだと理解してください。盲目的な頑固さやまったく思慮のない不合理な保守主義傾向が見られるときでもあります。変わらないということを有益に活かす努力と工夫はあってもよいでしょう。
サビアンシンボルは
蠍座4度「若者が祈りの儀式で火のついたろうそくを運ぶ」

このシンボルのキーノート(基調)は
「集まった参加者に文化を大きく印象づける式典の教育的な力」

きょうはどんな日?
形式的で儀礼的な体験を通じて定型化された表現を学び、社会が要求する感情のコントロールを身につけておきたいときです。

他人との共同作業を通じて連帯感や参加意識を発達させ、自分が利益を追求する努力を社会性のなかでとらえておきたいときというのがきのうでした。人と一緒になにかことにあたることに至上の喜びを感じられる。新しい関係でもいつもの仲間たちとでも受け入れられている実感と助力に支えられている体感が得られるだろうという具合でしたが、楽しんで参加することはできたでしょうか。きょうは形式を重んじていきましょう。

人との共同作業に参加する、一緒にことにあたることがその集団や組織や共同体の一員であることの証になるということは、当たり前ですが個人と社会とは相補的な関係にあるということを表しています。社会は個人のためにこそ存在し個人は社会化されなければ生きていけません。前者に求められるのは公益であり後者に必要なのは儀礼です。とりわけきょうはこの後者の面を強く意識していきたいときです。いくら周囲の人たちとの連帯感があり認められ受け入れられた感覚があろうとも、その集団などにはそれ固有の作法があって、それに則った行動が求められるはずなのです。「親しき仲にも礼儀あり」を、きょうあえて肝に銘じておきましょう。シンボルに描かれている若者は特定の宗教的儀式のなかで役割を与えられ、ろうそくを恭しく運んでいます。まだ若いため不慣れなことも多いなか、この儀式が大切なものであるという認識をもって懸命に役割を果たそうとしています。その姿に周囲は手を差し伸べ間違いを注意し、正しいやり方を教えてくれるのです。謙虚さをもって自分の感情をコントロールしていきましょう。一方で非常に不健全な妄想とまではいかなくとも愚かしくも無邪気な不適合性を示す傾向が見られるときでもあります。あわせる努力をもたらすのは誠実さです。
サビアンシンボルは
蠍座3度「小さな村の棟上げ式が隣人の協力を得る」

このシンボルのキーノート(基調)は
「基本的な連帯の努力のなかで実証される共同体の感覚」

きょうはどんな日?
他人との共同作業を通じて連帯感や参加意識を発達させ、自分が利益を追求する努力を社会性のなかでとらえておきたいときです。

交流の深度と密度をより高め完全なものとしていくために過去の清算が必要となり、それをしなければならないときというのがきのうでした。それをなかったことにするにはあまりに惜しく断ち切るにはあまりにつらく困難であるようなことも大いに予想されるけれど、これからにとって必要なことなのだから誠実にとり組もうという具合でしたが、自分のなかで整理はできたでしょうか。

繰り返しますが〈過去の清算〉が必要であるのはこれからのため、今後の人間関係をより深く密にしていくためです。清算を成し遂げたのであればぜひ前を向いて新しい関係へ進んでください。シンボルに描かれているのはアメリカ西部の小さな村の光景です。家を建てるということはけっして一つの家族・世帯が単独で行うことではなく、少なくとも骨組みだけはその地域の人たちによる共同事業として当時は行われていました。一家が新しい生活をはじめる際に拠点となる住まい。それを近隣の人たちと一緒の作業でつくり上げるということは、一家がその共同体の一員であると認められ受け入れられたことの大きな証でもあります。そしてなによりもそこには、新生活への祝福があるのです。きょうは人と一緒になにかことにあたることに至上の喜びを感じることでしょう。新しい関係での共同作業はもちろんのこと、いつもの仲間たちといつものようなことをするだけでも、受け入れられている実感と助力に支えられている体感が得られるはずです。そしてそれはきっと21日月曜日と比べて深度と密度が異なるはずで、あえて言えば「一人前として認められ独り立ちできた感」が伴っていることでしょう。しかしながら反対に、共有された関係のいかなるパターンにも適応することが完全に不能になってしまう傾向が見られるときでもあります。状況をお仕着せのようにとらえずにみずから進んで着ているのだととらえるほうが賢明でしょう。