表題のアーカイブにつきまして、すずきふみよしの仕事として公式には存在しないものであるとの見解をここに発表いたします。
かねて北原さんの、ものを書く・語るうえでの〈姿勢〉について大きな疑問を抱いてまいりました。
資料を調べない。原典に当たらない。情報のソースを確認しない。
曖昧な記憶をもとにぼんやりしたことを、しかし断定的に言う。
ごくまれに引用などしてみた場合でもそれが恐ろしく不正確。
ソースを確認しない割には「だれそれがこう言っていた」という伝聞発言が多く、またその伝聞自体当該者の元発言を誤って伝えている・もしくは認知が歪んでいる。
誤字や誤記が異常なまでに多くとりわけ人名についてそれが多い。
ざっと挙げてもこのくらいのことがすぐに列記できますが、これはおよそものを書く・語る人間の資質としては最も不適であると言わざるを得ないものです。
ジョーンズやルディアの著作にあたりながら、それらを丁寧に読み解き、
〈俗流〉のサビアン占星術には欠落している
きわめて重要なことがらを正しく提示していくこと。
トークライブの開催意図をかつて私はそう記しましたが、話し手の側の〈姿勢〉がこうではまったくもってままなりません。
私自身が「看板に偽りあり」の誹りを免れかねないなか、彼女には度重なる改善要求を提示しては〈正確を期すことの重要性〉を訴えてまいりました。
しかしそれは、ついぞ奏功しませんでした。
それでも中断の期間を経て改善に向けて努力し、どうにか足かけ一年半で全24回を完遂させました。
彼女の〈姿勢〉はなにひとつあらたまることはありませんでした。
先日ツイッターで、私と彼女とのあいだでこういうやりとりがありました。
絶対に謝らない人間 - Toggetter
トークライブにおいて織田信長を蟹座1度としているのは間違いだと自分のフォロワーさんに伝えているのですが、織田信長はいくつかの資料に当たった限り蟹座1度で問題ありません。そしてトゥギャッターのまとめ中にもあるように、これはすでに以前二人のあいだで話題になったことがあり、そのときにもう解決ずみの(と少なくとも私は認識していた)問題なのです。
にもかかわらず、自身のなかでデータの更新がまったくなされていないのか、固着したように同じことを繰り返す。上述のような〈問題のある資質〉のわるい面が極端に現れています。
彼女はけっしてあらたまることはありませんでしたし、今後もあらたまることはないでしょう。
彼女があらたまることのないままでいることは、これからの彼女の活動において大きなマイナスであるはずですが、それこそ〈余計なお世話〉でもあるでしょう。私が今後〈改善要求〉を提示し続けることは、彼女にとっては無意味なことなのでしょう。
しかし、少なくとも私にとっては、自分がやってきた仕事をこのようなかたちで不当に貶められることは耐えられないことです。
講座ではなくトークライブという形式でイベントを行い、ご参加いただいた方々との質疑応答のなかに自分の研究成果を開示していく。そのうえで誤りがあればご指摘を頂戴し修正していく。そうしたプロセスこそが占星術の発展に寄与するものだと信じているからこそ、私はこの形式を採ったのです。
にもかかわらず、自浄や自己深化に向かうのではなく自滅にいたらしめるような振る舞いを彼女が行うのであれば、私はそれをなんとしてでも阻止しなければなりません。
私は彼女に動画アーカイブの閉鎖を要求しました。
しかし彼女は受け入れませんでした。
したがって、きわめて断腸のおもいながら、冒頭に記したとおりの措置を、このたび決意するにいたった次第です。
トークライブはわれわれ二人のみならず、ご参加いただいた方々の多大なご貢献があって成立したものです。その成果をこのように扱わざるを得ない事態は甚だ不本意ではありますが、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。
2013年10月25日
蠍座2度「壊れやすい香水の瓶が、香りを放って割れている」の日
すずきふみよし記す
サビアンシンボルは
蠍座2度「壊れやすい香水の瓶が、香りを放って割れている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「過去と決別するよう駆り立てる機会の偶然性、いまなお身を切るような痛恨のそして大切な想い出」
きょうはどんな日?
交流の深度と密度をより高め完全なものとしていくために過去の清算が必要となり、それをしなければならないときです。
新しい季節のはじまりにあたって一つの体験を集団で共有することで目的を同じくした人たちとの交流を深めていきたいときというのがきのうでした。人それぞれに背景をもっているのだという認識のうえで、相手の事情に配慮をしつつ、なおかつきわめて深い交流を、目的を同じくする人たちとのあいだで追求していこうという具合でしたが、観光バスの旅は楽しめたでしょうか。きょうは前を見るために後ろを向きましょう。
〈旅〉を楽しいものとするために努力や工夫をしてみても、人と人とが深い交流を求めていった場合には衝突も生じるかもしれませんし、多少のすれ違いなどは当たり前のように起こるでしょう。傷つくような事態が生じたとしてもそれはやむを得ないことですし、なによりおたがいさまであるはずです。また良好な関係をとり結べたとしても、この先さらに深い関係になっていくためには、自分のなかでなにか捨て去らなければならないものがあるのを感じることでしょう。新しい関係へ、それもかなり深く濃いものへと積極的に携わっていくためには、とりわけ過去の経験について〈清算〉が必要となる場合が多々あります。きょうはこのような、いくらかの傷を癒やすことと、過去の整理のために時間をとってみてください。あるいはなかば強引に不可避的に過去の清算を余儀なくされるような出来事が起こる可能性もあります。これからにとって必要なことなのですからぜひ誠実にとり組んでください。それをなかったことにするにはあまりに惜しく、断ち切るにはあまりにつらく困難であるようなことも大いに予想されますが、繰り返しますがこれからにとって必要なことなのです。自身および社会のすべての資源についてきわめて無分別で愚かしい浪費傾向が見られるときでもあります。くすぶる感傷を慰めるうえでは仕方ないのかもしれませんが、これは建設的な方向に向かっているのだということを忘れずにほどほどにしておきましょう。
蠍座2度「壊れやすい香水の瓶が、香りを放って割れている」
このシンボルのキーノート(基調)は
「過去と決別するよう駆り立てる機会の偶然性、いまなお身を切るような痛恨のそして大切な想い出」
きょうはどんな日?
交流の深度と密度をより高め完全なものとしていくために過去の清算が必要となり、それをしなければならないときです。
新しい季節のはじまりにあたって一つの体験を集団で共有することで目的を同じくした人たちとの交流を深めていきたいときというのがきのうでした。人それぞれに背景をもっているのだという認識のうえで、相手の事情に配慮をしつつ、なおかつきわめて深い交流を、目的を同じくする人たちとのあいだで追求していこうという具合でしたが、観光バスの旅は楽しめたでしょうか。きょうは前を見るために後ろを向きましょう。
〈旅〉を楽しいものとするために努力や工夫をしてみても、人と人とが深い交流を求めていった場合には衝突も生じるかもしれませんし、多少のすれ違いなどは当たり前のように起こるでしょう。傷つくような事態が生じたとしてもそれはやむを得ないことですし、なによりおたがいさまであるはずです。また良好な関係をとり結べたとしても、この先さらに深い関係になっていくためには、自分のなかでなにか捨て去らなければならないものがあるのを感じることでしょう。新しい関係へ、それもかなり深く濃いものへと積極的に携わっていくためには、とりわけ過去の経験について〈清算〉が必要となる場合が多々あります。きょうはこのような、いくらかの傷を癒やすことと、過去の整理のために時間をとってみてください。あるいはなかば強引に不可避的に過去の清算を余儀なくされるような出来事が起こる可能性もあります。これからにとって必要なことなのですからぜひ誠実にとり組んでください。それをなかったことにするにはあまりに惜しく、断ち切るにはあまりにつらく困難であるようなことも大いに予想されますが、繰り返しますがこれからにとって必要なことなのです。自身および社会のすべての資源についてきわめて無分別で愚かしい浪費傾向が見られるときでもあります。くすぶる感傷を慰めるうえでは仕方ないのかもしれませんが、これは建設的な方向に向かっているのだということを忘れずにほどほどにしておきましょう。
サビアンシンボルは
蠍座1度「街中の路上の混雑した観光バス」
このシンボルのキーノート(基調)は
「社会的な視野を拡張し、集団での業績の結果と新しい生き方とを経験したいという、基本的な人間の熱望」
きょうはどんな日?
新しい季節のはじまりです。一つの体験を集団で共有することで目的を同じくした人たちとの交流を深めていきたいときです。
知識の収集蓄積継承や自身の思索に一定の区切りがつき、より広い視野での文化的理解や人間の理解へと関心が向かうときというのがきのうでした。〈知る〉を超えて〈わかる〉にいたる。集団を支えているのはなによりもそれを構成する人たちとそこにある文化であり、必要なことを知る・伝えるにとどまらず知識を介しての文化や人間の理解へ進むだろうという具合でしたが、少なくとも〈わかる〉ということへ気持ちは向いたでしょうか。きょうはより具体的に〈わかる〉ということをかんがえてみましょう。
一言で〈わかる〉と言えどもそのレベルはさまざまであることでしょう。「あなたの言っていることがわかる」と「あなたのことがわかる」とのあいだにさえも実に大きな開きがあります。そして、どちらのレベルであろうとも、それが〈全面的〉なものとなることなど、多くの場合まずもってあり得ないことです。たった一人の人間に対してさえ全面的に理解するということは困難であり、おそらくは不可能です。しかし世の中にはいろいろな人がいて、それぞれに事情や背景を抱えながら生きているのだということに気持ちを及ばせることぐらいは可能であるはずでしょう。シンボルに描かれている観光バスはたくさんの乗客でいっぱいになっていますが、これら乗りあわせている人々も、当たり前ですがそれぞれにいろいろな背景をもっているのです。しかし同じ目的地をめざしてバスは走り、乗客みなはそこに向かうことを求めてみずからの意思で乗っているわけです。相手の事情に配慮をしつつ、なおかつきわめて深い交流を、目的を同じくする人たちとのあいだで追求していってください。たまさか同じところに行こうとして乗りあわせただけにすぎないのかもしれませんが「袖振り合うも多生の縁」なのです。目的地に到着したあとは別行動になるかもしれませんが、旅を楽しいものとするぐらいの努力と工夫はあってもよいでしょう。いついかなるどんな場合においても自分自身の出費を一切避けることについて天才的な非凡の才を発揮する傾向が見られるときでもあります。差し出すものがなければ得られるものはありませんしましてや深い交流など到底達成できないのだと心得てください。
この先半月のテーマはこの〈交流〉です。深さと質を伴ったそれが求められています。先月の天秤の時季以上に人間関係で傷ついたり自分を修正する必要も生じてくるかもしれませんが、そうした経験を乗り越えて得られるものはきわめて大きなものであることでしょう。
蠍座1度「街中の路上の混雑した観光バス」
このシンボルのキーノート(基調)は
「社会的な視野を拡張し、集団での業績の結果と新しい生き方とを経験したいという、基本的な人間の熱望」
きょうはどんな日?
新しい季節のはじまりです。一つの体験を集団で共有することで目的を同じくした人たちとの交流を深めていきたいときです。
知識の収集蓄積継承や自身の思索に一定の区切りがつき、より広い視野での文化的理解や人間の理解へと関心が向かうときというのがきのうでした。〈知る〉を超えて〈わかる〉にいたる。集団を支えているのはなによりもそれを構成する人たちとそこにある文化であり、必要なことを知る・伝えるにとどまらず知識を介しての文化や人間の理解へ進むだろうという具合でしたが、少なくとも〈わかる〉ということへ気持ちは向いたでしょうか。きょうはより具体的に〈わかる〉ということをかんがえてみましょう。
一言で〈わかる〉と言えどもそのレベルはさまざまであることでしょう。「あなたの言っていることがわかる」と「あなたのことがわかる」とのあいだにさえも実に大きな開きがあります。そして、どちらのレベルであろうとも、それが〈全面的〉なものとなることなど、多くの場合まずもってあり得ないことです。たった一人の人間に対してさえ全面的に理解するということは困難であり、おそらくは不可能です。しかし世の中にはいろいろな人がいて、それぞれに事情や背景を抱えながら生きているのだということに気持ちを及ばせることぐらいは可能であるはずでしょう。シンボルに描かれている観光バスはたくさんの乗客でいっぱいになっていますが、これら乗りあわせている人々も、当たり前ですがそれぞれにいろいろな背景をもっているのです。しかし同じ目的地をめざしてバスは走り、乗客みなはそこに向かうことを求めてみずからの意思で乗っているわけです。相手の事情に配慮をしつつ、なおかつきわめて深い交流を、目的を同じくする人たちとのあいだで追求していってください。たまさか同じところに行こうとして乗りあわせただけにすぎないのかもしれませんが「袖振り合うも多生の縁」なのです。目的地に到着したあとは別行動になるかもしれませんが、旅を楽しいものとするぐらいの努力と工夫はあってもよいでしょう。いついかなるどんな場合においても自分自身の出費を一切避けることについて天才的な非凡の才を発揮する傾向が見られるときでもあります。差し出すものがなければ得られるものはありませんしましてや深い交流など到底達成できないのだと心得てください。
この先半月のテーマはこの〈交流〉です。深さと質を伴ったそれが求められています。先月の天秤の時季以上に人間関係で傷ついたり自分を修正する必要も生じてくるかもしれませんが、そうした経験を乗り越えて得られるものはきわめて大きなものであることでしょう。
サビアンシンボルは
天秤座30度「哲学者の頭にある知識の三塚」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人間があつかう存在のどんなレベルにおいても理解を示す人の力の達成」
きょうはどんな日?
知識の収集蓄積継承や自身の思索に一定の区切りがつき、より広い視野での文化的理解や人間の理解へと関心が向かうときです。
人と人との理想的な関係や自分の社会参加のあり方について見直しを図り、またそれらの維持へと関心が向かうときというのがきのうでした。自分が所属している集団をどのように維持していくか。維持のためにもその集団のなかで必要とされる知識がありそれを継承していかなければならない。その役割を担うのだという自覚をもつようにしようという具合でしたが、喜びをもって関わることはできたでしょうか。きょうはまた関心の方向性が大きなところになっていきます。
集団を維持し代々にわたって存続させていくために必要な、その集団固有の知識。その継承を意識して関わるというのがきのうのテーマでした。きょうはさらにその知識の文化的価値を理解するという方向へテーマが移っていきます。知識はそれ自体大きな力となり、だからこそそれをもつことが集団の存続を支えるものともなるわけですが、真に集団を支えているのはそれを構成する人たちとそこにつくり上げられる文化です。知識を共有することにとどまらず、知識を介して人々のあいだに生まれる文化を理解すること。きょうはそういう方向へ関心が向かっていきます。より言うならば〈知る〉を超えて〈わかる〉にいたるということ。シンボルに描かれている哲学者の頭にはこぶのような盛り上がりが三つできています。思索を重ねる道のりのなかでみずからがたどった証を刻むかのように、土を盛り上げ塚をつくったかのように頭に浮き出ています。三という数字は完全性の象徴であり、思索の過程がひとつの完成を見た状態が示されています。そのような状態であるからこそ、もはや単に知るということにとどまらずわかるということが可能になるのです。そしてその対象は文化だけでなくなにより人間を理解することをも志向しているのです。たかが知性ごときにおめでたいほど馬鹿げたプライドをもつ傾向が見られるときでもあります。知るということへのこだわりはやめて脱却しましょう。
半月前には「この先半月のテーマは〈再構築〉」であると述べました。秋分の際、春分からの半年間の個性化のプロセスを踏まえ、半年間で培ったものを世の中へ打ち出しましたが、そうして世にさらけ出したあとの自分をつくり直すことがこの半月のテーマとなりました。個性の再構築のプロセスはこのようにして、自分が所属している集団の維持への関心やそれを通じての文化や人間の理解へと収束していくという次第です。これを踏まえてあしたからはより深い人間どうしの交流に関わっていくことになります。備えておきましょう。
天秤座30度「哲学者の頭にある知識の三塚」
このシンボルのキーノート(基調)は
「人間があつかう存在のどんなレベルにおいても理解を示す人の力の達成」
きょうはどんな日?
知識の収集蓄積継承や自身の思索に一定の区切りがつき、より広い視野での文化的理解や人間の理解へと関心が向かうときです。
人と人との理想的な関係や自分の社会参加のあり方について見直しを図り、またそれらの維持へと関心が向かうときというのがきのうでした。自分が所属している集団をどのように維持していくか。維持のためにもその集団のなかで必要とされる知識がありそれを継承していかなければならない。その役割を担うのだという自覚をもつようにしようという具合でしたが、喜びをもって関わることはできたでしょうか。きょうはまた関心の方向性が大きなところになっていきます。
集団を維持し代々にわたって存続させていくために必要な、その集団固有の知識。その継承を意識して関わるというのがきのうのテーマでした。きょうはさらにその知識の文化的価値を理解するという方向へテーマが移っていきます。知識はそれ自体大きな力となり、だからこそそれをもつことが集団の存続を支えるものともなるわけですが、真に集団を支えているのはそれを構成する人たちとそこにつくり上げられる文化です。知識を共有することにとどまらず、知識を介して人々のあいだに生まれる文化を理解すること。きょうはそういう方向へ関心が向かっていきます。より言うならば〈知る〉を超えて〈わかる〉にいたるということ。シンボルに描かれている哲学者の頭にはこぶのような盛り上がりが三つできています。思索を重ねる道のりのなかでみずからがたどった証を刻むかのように、土を盛り上げ塚をつくったかのように頭に浮き出ています。三という数字は完全性の象徴であり、思索の過程がひとつの完成を見た状態が示されています。そのような状態であるからこそ、もはや単に知るということにとどまらずわかるということが可能になるのです。そしてその対象は文化だけでなくなにより人間を理解することをも志向しているのです。たかが知性ごときにおめでたいほど馬鹿げたプライドをもつ傾向が見られるときでもあります。知るということへのこだわりはやめて脱却しましょう。
半月前には「この先半月のテーマは〈再構築〉」であると述べました。秋分の際、春分からの半年間の個性化のプロセスを踏まえ、半年間で培ったものを世の中へ打ち出しましたが、そうして世にさらけ出したあとの自分をつくり直すことがこの半月のテーマとなりました。個性の再構築のプロセスはこのようにして、自分が所属している集団の維持への関心やそれを通じての文化や人間の理解へと収束していくという次第です。これを踏まえてあしたからはより深い人間どうしの交流に関わっていくことになります。備えておきましょう。
サビアンシンボルは
天秤座29度「世代から世代へと譲渡可能な知識へ到達しようとする、人類の莫大で永続的な努力」
このシンボルのキーノート(基調)は
「すべての人に真実とよりよい人生をもたらそうとする社会過程に、参加し関与することへの強い感覚」
きょうはどんな日?
人と人との理想的な関係や自分の社会参加のあり方について見直しを図り、またそれらの維持へと関心が向かうときです。
自身の存在が大きな全体に所属していることを内的な確信として得られ、居場所や帰るべき場所の確認ができるときというのがきのうでした。自分が日ごろいかに他人に支えられて生きているのかが見えてくる。自分をとり巻き助けてくれる力を強く実感するなかでそれに存分に満たされようという具合でしたが、自分がどこにいるか感じとれたでしょうか。きょうはより広い視野をもってみましょう。
自分が所属している〈大きな全体〉とは個人差はあれど少なくとも社会的な集団です。居場所を見い出せたのは単なる仲良しグループなどではなく目的や志を同じくした者たちの集まりのなかであるはずです。そうした集団を将来的に見てどのように維持していくか。関心の程度がそのように高い水準になっていくときだと言えます。シンボルは抽象的ですが図像化の必要はなく概念として理解できるでしょう。集団を維持し代々にわたって存続させていくために必要な、その集団固有の知識。最低限の教養から秘伝と呼ばれる類のものまでさまざまですが、そのいずれかを自分が伝える役割をその集団のなかで担うのだという自覚をもってください。それは献身的でもあるでしょうが、ひとつ確実に言えるのは、孤独ではないはずだということです。きのうの他人に必要とされている実感や認められ受け入れられている実感から発展して、参加することの喜びを求めていってみてください。ごく普通の達成にさえも過小評価を下し見くびっては打ちのめす傾向が見られるときでもあります。それは独善にほかなりません。自分に向けられているのであればストイックだとも言えますが、それにしても所詮はひとりよがりにすぎません。ましてや他人にその厳しさを向けないように注意しましょう。
天秤座29度「世代から世代へと譲渡可能な知識へ到達しようとする、人類の莫大で永続的な努力」
このシンボルのキーノート(基調)は
「すべての人に真実とよりよい人生をもたらそうとする社会過程に、参加し関与することへの強い感覚」
きょうはどんな日?
人と人との理想的な関係や自分の社会参加のあり方について見直しを図り、またそれらの維持へと関心が向かうときです。
自身の存在が大きな全体に所属していることを内的な確信として得られ、居場所や帰るべき場所の確認ができるときというのがきのうでした。自分が日ごろいかに他人に支えられて生きているのかが見えてくる。自分をとり巻き助けてくれる力を強く実感するなかでそれに存分に満たされようという具合でしたが、自分がどこにいるか感じとれたでしょうか。きょうはより広い視野をもってみましょう。
自分が所属している〈大きな全体〉とは個人差はあれど少なくとも社会的な集団です。居場所を見い出せたのは単なる仲良しグループなどではなく目的や志を同じくした者たちの集まりのなかであるはずです。そうした集団を将来的に見てどのように維持していくか。関心の程度がそのように高い水準になっていくときだと言えます。シンボルは抽象的ですが図像化の必要はなく概念として理解できるでしょう。集団を維持し代々にわたって存続させていくために必要な、その集団固有の知識。最低限の教養から秘伝と呼ばれる類のものまでさまざまですが、そのいずれかを自分が伝える役割をその集団のなかで担うのだという自覚をもってください。それは献身的でもあるでしょうが、ひとつ確実に言えるのは、孤独ではないはずだということです。きのうの他人に必要とされている実感や認められ受け入れられている実感から発展して、参加することの喜びを求めていってみてください。ごく普通の達成にさえも過小評価を下し見くびっては打ちのめす傾向が見られるときでもあります。それは独善にほかなりません。自分に向けられているのであればストイックだとも言えますが、それにしても所詮はひとりよがりにすぎません。ましてや他人にその厳しさを向けないように注意しましょう。
サビアンシンボルは
天秤座28度「自分をとり巻き助けてくれるスピリチュアルな力に気づきはじめた男」
このシンボルのキーノート(基調)は
「存在のどんなレベルにおいても、人はけっして独りではなく、共同体は――見えようが見えまいが――人の努力を維持しているのだという理解」
きょうはどんな日?
自身の存在が大きな全体に所属していることを内的な確信として得られ、居場所や帰るべき場所の確認ができるときです。
二極性を超越しものごとを大局的に見ることができる視点を手に入れ、大所高所から広く大きな視野で見渡せるときというのがきのうでした。違いのある二つのものごと、あるいは対立的な構造をなしているものごとから、一時的にでも離れることができる。それらを俯瞰する視点が獲得でき、さまざまな問題解決のヒントが見つかる可能性もあるだろうという具合でしたが、変わった景色を眺めることはできたでしょうか。きょうはさらに視点が豊かになっていくでしょう。
澄んだ空を高く飛ぶ飛行機から見下ろすかのように、これまで自分が見ていた世界を異なる角度から眺める視点をもちました。あくまでもよい意味で、さまざまな問題が些細なことに感じられるようなこともあったとおもいます。地べたを這いずりまわっていたり対立や衝突のなかにいたのではわからないことが、高いところから見てよく見えてきたことでしょう。そして、自分の周囲の環境や状況をそのように客観的に見た場合、自分が日ごろいかに他人に支えられて生きているのかも見えてくるはずです。シンボルに描かれている男はスピリチュアルな力に気づいたようですが、なにも特段そうした神秘的なものでなくとも、人間が生きていくなかで日々の生活はつねに他人との関わりのなかで生じているわけであり、自分をとり巻き助けてくれる力はきわめてリアルに存在しているはずです。きょうはそれをあらためて強く実感することでしょう。人間は一人では生きていけませんし、生きていません。他人に必要とされている実感やそれでいいのだと認められ受け入れられている実感に、存分に満たされてください。虫のよすぎる希望的観測や甘いかんがえや夢想を通じて自分自身を無能で愚かな存在だと他人に見せてしまう傾向が見られるときでもあります。いくら受け入れられ助けられているとはいえ依存や甘えは避けたほうが賢明でしょう。
天秤座28度「自分をとり巻き助けてくれるスピリチュアルな力に気づきはじめた男」
このシンボルのキーノート(基調)は
「存在のどんなレベルにおいても、人はけっして独りではなく、共同体は――見えようが見えまいが――人の努力を維持しているのだという理解」
きょうはどんな日?
自身の存在が大きな全体に所属していることを内的な確信として得られ、居場所や帰るべき場所の確認ができるときです。
二極性を超越しものごとを大局的に見ることができる視点を手に入れ、大所高所から広く大きな視野で見渡せるときというのがきのうでした。違いのある二つのものごと、あるいは対立的な構造をなしているものごとから、一時的にでも離れることができる。それらを俯瞰する視点が獲得でき、さまざまな問題解決のヒントが見つかる可能性もあるだろうという具合でしたが、変わった景色を眺めることはできたでしょうか。きょうはさらに視点が豊かになっていくでしょう。
澄んだ空を高く飛ぶ飛行機から見下ろすかのように、これまで自分が見ていた世界を異なる角度から眺める視点をもちました。あくまでもよい意味で、さまざまな問題が些細なことに感じられるようなこともあったとおもいます。地べたを這いずりまわっていたり対立や衝突のなかにいたのではわからないことが、高いところから見てよく見えてきたことでしょう。そして、自分の周囲の環境や状況をそのように客観的に見た場合、自分が日ごろいかに他人に支えられて生きているのかも見えてくるはずです。シンボルに描かれている男はスピリチュアルな力に気づいたようですが、なにも特段そうした神秘的なものでなくとも、人間が生きていくなかで日々の生活はつねに他人との関わりのなかで生じているわけであり、自分をとり巻き助けてくれる力はきわめてリアルに存在しているはずです。きょうはそれをあらためて強く実感することでしょう。人間は一人では生きていけませんし、生きていません。他人に必要とされている実感やそれでいいのだと認められ受け入れられている実感に、存分に満たされてください。虫のよすぎる希望的観測や甘いかんがえや夢想を通じて自分自身を無能で愚かな存在だと他人に見せてしまう傾向が見られるときでもあります。いくら受け入れられ助けられているとはいえ依存や甘えは避けたほうが賢明でしょう。
サビアンシンボルは
天秤座27度「飛行機が、澄んだ空を高く飛ぶ」
このシンボルのキーノート(基調)は
「個人の生の衝突や楽しみを超越できる意識」
きょうはどんな日?
二極性を超越しものごとを大局的に見ることができる視点を手に入れ、大所高所から広く大きな視野で見渡せるときです。
相異なる二つのものごとや立場に応じた役割の相補的な関係を理解し、両者が成し得る最良の結果を引き出せるときというのがきのうでした。単に一緒にことに当たるのでもなく自分の役割をまっとうするにとどまるのでもなく、立場を超えて(あるいは入れ替えてでも)同じ一つの目的に向かうことができるときという具合でしたが、良好な挑戦は達成できたでしょうか。きょうは気分を大きく変えてみましょう。
優劣もなければ敵対もない、しかし違いはある二つのものごと。両者が相補的な関係にあり一つの目的に向かうことができるという日でしたが、きょうはもはや、その違いのある二つのものごとという枠組み自体から離れてみてください。と言うよりはおのずと離れていくでしょう。あるいはもし対立的な構造をなしているものごとの渦中に身を置いていたりする場合ならそれを客観的に俯瞰する視点がもてることでしょう。悩みごとやもめごとについても別の視点から眺めることができるようになり解決のヒントが見つかる可能性があります。シンボルに描かれている飛行機はまさにそうした視点の変更を示しています。こだわりやわだかまりなどが小さく感じられ馬鹿馬鹿しくおもえてくるかもしれませんが、少なくとも自分がやってきたことを卑下するのは避けたいところです。ましてやそれが他人のことであれば、いくらちっぽけに見えようとも蔑むべきものではありません。文字どおりの「上から目線」になることのないようにくれぐれも注意してください。さらには、直面している現実について本気で身を入れてとり組むことが完全に不能になる傾向が見られるときでもあります。しっかり地に足の着いた振る舞いを心がけてください。
天秤座27度「飛行機が、澄んだ空を高く飛ぶ」
このシンボルのキーノート(基調)は
「個人の生の衝突や楽しみを超越できる意識」
きょうはどんな日?
二極性を超越しものごとを大局的に見ることができる視点を手に入れ、大所高所から広く大きな視野で見渡せるときです。
相異なる二つのものごとや立場に応じた役割の相補的な関係を理解し、両者が成し得る最良の結果を引き出せるときというのがきのうでした。単に一緒にことに当たるのでもなく自分の役割をまっとうするにとどまるのでもなく、立場を超えて(あるいは入れ替えてでも)同じ一つの目的に向かうことができるときという具合でしたが、良好な挑戦は達成できたでしょうか。きょうは気分を大きく変えてみましょう。
優劣もなければ敵対もない、しかし違いはある二つのものごと。両者が相補的な関係にあり一つの目的に向かうことができるという日でしたが、きょうはもはや、その違いのある二つのものごとという枠組み自体から離れてみてください。と言うよりはおのずと離れていくでしょう。あるいはもし対立的な構造をなしているものごとの渦中に身を置いていたりする場合ならそれを客観的に俯瞰する視点がもてることでしょう。悩みごとやもめごとについても別の視点から眺めることができるようになり解決のヒントが見つかる可能性があります。シンボルに描かれている飛行機はまさにそうした視点の変更を示しています。こだわりやわだかまりなどが小さく感じられ馬鹿馬鹿しくおもえてくるかもしれませんが、少なくとも自分がやってきたことを卑下するのは避けたいところです。ましてやそれが他人のことであれば、いくらちっぽけに見えようとも蔑むべきものではありません。文字どおりの「上から目線」になることのないようにくれぐれも注意してください。さらには、直面している現実について本気で身を入れてとり組むことが完全に不能になる傾向が見られるときでもあります。しっかり地に足の着いた振る舞いを心がけてください。
サビアンシンボルは
天秤座26度「鷲と大きな白い鳩がおたがいに入れ替わる」
このシンボルのキーノート(基調)は
「重大な要求が生じるときの、スピリチュアルな意志と愛の原理との相互作用」
きょうはどんな日?
相異なる二つのものごとや立場に応じた役割の相補的な関係を理解し、両者が成し得る最良の結果を引き出せるときです。
森羅万象すべてに生命の胎動を感じとることができ、またそれらに通底する原理を直感的に看破して把握できるときというのがきのうでした。自分の内面の変化を感じとったおとといを受けて、あらためて周囲の変化を感じとることになる。それは生と死の神秘についてなどの生命の根本に関わる本能的なもので、その変化を感じとることで〈大発見〉が得られる可能性があるという具合でしたが、当たり前のことがわかるような体験はあったでしょうか。きょうはその先に進みましょう。
異なる個々の人間のあいだに優劣はないのだというお話を、天秤の季節のあいだに幾度か繰り返してきました。しかし場合によっては〈上下〉の関係が生じるのだということも述べました。天秤の季節がいよいよ終わろうとしているいま、テーマになってくるのは、異なるもの・違いのあるもの二者の相互作用です。シンボルに描かれている鷲はアメリカの国鳥でもあり、強大な権力の、そして意志の象徴です。一方で鳩は平和の象徴、愛の象徴です。いまや両者のあいだに優劣はなく、おたがいがおたがいを脅かすことなく共存し、時折相手の役割さえも自分が担うような状況にある関係がここに示されています。単に一緒にことに当たるのでもなく、自分の役割をまっとうするにとどまるのでもなく、立場を超えて(あるいは入れ替えてでも)同じ一つの目的に向かうことができるときだと言えます。相手のことがよくわかるからこそ踏み出せなかったことに踏み込んでみる。これまでおもいやっていたからこそあえてやらないでいたことに進んで挑戦してみる。きょうはぜひ試してみてください。究極的にめざしている理想と束の間の欲望とのあいだでどうしようもなく不幸なためらいを覚える傾向が見られるときでもあります。自分を抑えることなく、コントロールできるなら一つの方向に向けてみましょう。
天秤座26度「鷲と大きな白い鳩がおたがいに入れ替わる」
このシンボルのキーノート(基調)は
「重大な要求が生じるときの、スピリチュアルな意志と愛の原理との相互作用」
きょうはどんな日?
相異なる二つのものごとや立場に応じた役割の相補的な関係を理解し、両者が成し得る最良の結果を引き出せるときです。
森羅万象すべてに生命の胎動を感じとることができ、またそれらに通底する原理を直感的に看破して把握できるときというのがきのうでした。自分の内面の変化を感じとったおとといを受けて、あらためて周囲の変化を感じとることになる。それは生と死の神秘についてなどの生命の根本に関わる本能的なもので、その変化を感じとることで〈大発見〉が得られる可能性があるという具合でしたが、当たり前のことがわかるような体験はあったでしょうか。きょうはその先に進みましょう。
異なる個々の人間のあいだに優劣はないのだというお話を、天秤の季節のあいだに幾度か繰り返してきました。しかし場合によっては〈上下〉の関係が生じるのだということも述べました。天秤の季節がいよいよ終わろうとしているいま、テーマになってくるのは、異なるもの・違いのあるもの二者の相互作用です。シンボルに描かれている鷲はアメリカの国鳥でもあり、強大な権力の、そして意志の象徴です。一方で鳩は平和の象徴、愛の象徴です。いまや両者のあいだに優劣はなく、おたがいがおたがいを脅かすことなく共存し、時折相手の役割さえも自分が担うような状況にある関係がここに示されています。単に一緒にことに当たるのでもなく、自分の役割をまっとうするにとどまるのでもなく、立場を超えて(あるいは入れ替えてでも)同じ一つの目的に向かうことができるときだと言えます。相手のことがよくわかるからこそ踏み出せなかったことに踏み込んでみる。これまでおもいやっていたからこそあえてやらないでいたことに進んで挑戦してみる。きょうはぜひ試してみてください。究極的にめざしている理想と束の間の欲望とのあいだでどうしようもなく不幸なためらいを覚える傾向が見られるときでもあります。自分を抑えることなく、コントロールできるなら一つの方向に向けてみましょう。
サビアンシンボルは
天秤座25度「紅葉の景色が巡礼者に生と死の神秘の突然の天啓をもたらす」
このシンボルのキーノート(基調)は
「あらゆる経験において超越的あるいは宇宙的な意味を発見する能力」
きょうはどんな日?
森羅万象すべてに生命の胎動を感じとることができ、またそれらに通底する原理を直感的に看破して把握できるときです。
自分の内面に変化の兆候が湧き起こりつつあるのを感じ、またそれを受け入れることで変容に備えるときというのがきのうでした。周囲の変化を察知しての行動に出ていたおとといを受けて今度は自分のほうに目が向くようになる。具体的にかたちをなしてはいないかもしれないが、自分の内になにか明らかな違いが生じているのを、まずは感じてみようという具合でしたが、うまく感じとれたでしょうか。きょうはまた周囲へ、外界へ目を向けましょう。
視点が何度も何度も揺れ動いているかのようですが、自分を周りとを同時に見るということは至難の業ですから、その往復運動はよしとしておきましょう。そしてそれはとりも直さず、いまの時期は自分と自分をとり巻く世界との関係の問題が最大のテーマであることを表しています。自分の内面の変化を感じとったのちに、あらためて周囲の変化を感じとることになるでしょう。そしてその自分の内面の変化がきのう示されたとおり本能の強化であるようなものだったとしたら、きょう感じとれる周囲の変化もきわめて本能的なものです。シンボルに描かれている巡礼者はみずからの信仰に従って聖地をまわり、信仰をさらに深めようと旅する人です。生とはなにか、死とは、という哲学的な思索が日常となっている人ですが、旅程のなかで降り注いだ落葉に非常に重大な意味を見い出したのです。自分が日ごろから長年かんがえ続けてきたことに対するこのうえなく明確な回答。神秘的におもわれた生命の仕組みについてのごく単純な原理。きょうはそうした〈大発見〉が得られる可能性があります。そしてそれは論理的な理解や思考の果てに導かれた結論などではなく実に感覚的で直感的な把握であり、ゆえに感じとれるか否かという質のものです。実際になにが得られるかはさておき、まずは自分についての関心ばかりでいっぱいになるのはやめてみるとよいでしょう。まったくもってどうでもいいような瑣末なことに心を奪われ魅了されてしまったり抑制の効かない空想に喜びを見い出す傾向が見られるときでもあります。本能的な部分を大切にしましょう。
天秤座25度「紅葉の景色が巡礼者に生と死の神秘の突然の天啓をもたらす」
このシンボルのキーノート(基調)は
「あらゆる経験において超越的あるいは宇宙的な意味を発見する能力」
きょうはどんな日?
森羅万象すべてに生命の胎動を感じとることができ、またそれらに通底する原理を直感的に看破して把握できるときです。
自分の内面に変化の兆候が湧き起こりつつあるのを感じ、またそれを受け入れることで変容に備えるときというのがきのうでした。周囲の変化を察知しての行動に出ていたおとといを受けて今度は自分のほうに目が向くようになる。具体的にかたちをなしてはいないかもしれないが、自分の内になにか明らかな違いが生じているのを、まずは感じてみようという具合でしたが、うまく感じとれたでしょうか。きょうはまた周囲へ、外界へ目を向けましょう。
視点が何度も何度も揺れ動いているかのようですが、自分を周りとを同時に見るということは至難の業ですから、その往復運動はよしとしておきましょう。そしてそれはとりも直さず、いまの時期は自分と自分をとり巻く世界との関係の問題が最大のテーマであることを表しています。自分の内面の変化を感じとったのちに、あらためて周囲の変化を感じとることになるでしょう。そしてその自分の内面の変化がきのう示されたとおり本能の強化であるようなものだったとしたら、きょう感じとれる周囲の変化もきわめて本能的なものです。シンボルに描かれている巡礼者はみずからの信仰に従って聖地をまわり、信仰をさらに深めようと旅する人です。生とはなにか、死とは、という哲学的な思索が日常となっている人ですが、旅程のなかで降り注いだ落葉に非常に重大な意味を見い出したのです。自分が日ごろから長年かんがえ続けてきたことに対するこのうえなく明確な回答。神秘的におもわれた生命の仕組みについてのごく単純な原理。きょうはそうした〈大発見〉が得られる可能性があります。そしてそれは論理的な理解や思考の果てに導かれた結論などではなく実に感覚的で直感的な把握であり、ゆえに感じとれるか否かという質のものです。実際になにが得られるかはさておき、まずは自分についての関心ばかりでいっぱいになるのはやめてみるとよいでしょう。まったくもってどうでもいいような瑣末なことに心を奪われ魅了されてしまったり抑制の効かない空想に喜びを見い出す傾向が見られるときでもあります。本能的な部分を大切にしましょう。
サビアンシンボルは
天秤座24度「左側に第三の羽根をもった蝶」
このシンボルのキーノート(基調)は
「内的な強化のために、基本的な生命の状況に対する反応の新たなモードを開発する能力」
きょうはどんな日?
自分の内面に変化の兆候が湧き起こりつつあるのを感じ、またそれを受け入れることで変容に備えるときです。
ものごとの変化や違いが生じたことに対する敏感な反応が期待でき、それを表に示すことが公益に結びつくときというのがきのうでした。自己主張をするよりは周囲の変化を察知しての行動のほうが望ましい。しかし風見鶏になるのは避けたいし、自分は変化に乗じているだけなのだという自覚を忘れずにという具合でしたが、有意義なことは伝えられたでしょうか。きょうは自分の内面の変化を見てとりましょう。
月曜日と火曜日の一見まるで関係のなさそうな二つの行動は、自分と相手との違いを前提に認めたうえでの両者の成長という部分において通じるものがありました。そして周囲の変化に目が向くようになるというのがきのうだったわけですが、きょうはおのずと自分のほうに目が向くことになるでしょう。蝶は古くから人間の精神的な再誕を表すものとして伝統的に用いられてきたシンボルです。芋虫から蛹になり蝶になるという形態上の変化、変態を、人間の肉体が起こすことはありませんが、精神的には著しい変化――まさに生まれ変わったかのような変化を起こし得ます。シンボルに描かれているのは通常よりも羽根が一つ多い蝶ですが〈三〉という数字は完全性を表すものであり、これは単なる異形や畸形ではなくて、特別な力を得て完璧になった精神の様相を象徴しています。左側というのは意識の本能的な側面を表しており、そちら側にもう一つ羽根をもつということは本能の強化を意味します。精神面できわめてタフな変化が生じつつあるときと言えますが、まだそれは具体的にかたちをなしてはいないかもしれません。まずは自分の内面を見つめ、変化の胎動を感じてみてください。蛹が細かな動きを示し、やがて破られるような、ごく僅かな動作を見逃さずにとらえてみてください。まったく価値のないものに興味を抱いたり到底起こりそうもない馬鹿げた愚かしいものごとにとり憑かれたようにとらわれてしまう傾向が見られるときでもあります。分析する力を正しくもちましょう。
天秤座24度「左側に第三の羽根をもった蝶」
このシンボルのキーノート(基調)は
「内的な強化のために、基本的な生命の状況に対する反応の新たなモードを開発する能力」
きょうはどんな日?
自分の内面に変化の兆候が湧き起こりつつあるのを感じ、またそれを受け入れることで変容に備えるときです。
ものごとの変化や違いが生じたことに対する敏感な反応が期待でき、それを表に示すことが公益に結びつくときというのがきのうでした。自己主張をするよりは周囲の変化を察知しての行動のほうが望ましい。しかし風見鶏になるのは避けたいし、自分は変化に乗じているだけなのだという自覚を忘れずにという具合でしたが、有意義なことは伝えられたでしょうか。きょうは自分の内面の変化を見てとりましょう。
月曜日と火曜日の一見まるで関係のなさそうな二つの行動は、自分と相手との違いを前提に認めたうえでの両者の成長という部分において通じるものがありました。そして周囲の変化に目が向くようになるというのがきのうだったわけですが、きょうはおのずと自分のほうに目が向くことになるでしょう。蝶は古くから人間の精神的な再誕を表すものとして伝統的に用いられてきたシンボルです。芋虫から蛹になり蝶になるという形態上の変化、変態を、人間の肉体が起こすことはありませんが、精神的には著しい変化――まさに生まれ変わったかのような変化を起こし得ます。シンボルに描かれているのは通常よりも羽根が一つ多い蝶ですが〈三〉という数字は完全性を表すものであり、これは単なる異形や畸形ではなくて、特別な力を得て完璧になった精神の様相を象徴しています。左側というのは意識の本能的な側面を表しており、そちら側にもう一つ羽根をもつということは本能の強化を意味します。精神面できわめてタフな変化が生じつつあるときと言えますが、まだそれは具体的にかたちをなしてはいないかもしれません。まずは自分の内面を見つめ、変化の胎動を感じてみてください。蛹が細かな動きを示し、やがて破られるような、ごく僅かな動作を見逃さずにとらえてみてください。まったく価値のないものに興味を抱いたり到底起こりそうもない馬鹿げた愚かしいものごとにとり憑かれたようにとらわれてしまう傾向が見られるときでもあります。分析する力を正しくもちましょう。