すずきふみよしの「星の音を聴く」 -14ページ目

すずきふみよしの「星の音を聴く」

読むこととはすなわち聴くこと。耳を傾けること。
ホロスコープから「聴いた」ものを、そして感じとったものを、日々丹念に言葉にしていきます。

サビアンシンボルは
乙女座24度「メリーさんと羊」

このシンボルのキーノート(基調)は
「実存の数多くのテストに直面するものとしての存在の核において、活気のある純粋な無邪気さを維持する必要性」

きょうはどんな日?
若いアイデアを慈しむことによって生の全体性を回復し内的なあるいは主観的な側面において体験を自己に適切であるように調整していくときです。

集団での目的実現のために必要な組織としての行動様式を身につけ、そのなかで自分自身の成長と洗練が促されるときというのが13日金曜日でした。集団や組織のあり方についてかんがえてみる。個人の行動規範より集団の行動規範が優先される場面が間違いなく存在する。組織が組織として機能するために守ることが必要となる規律や礼儀についていつも以上に意識してみようという具合でしたが、自分の立場や役割をまっとうできたでしょうか。それを受けての展開をお伝えできずに申し訳ありませんでした。きょうは心底純粋さを全面に出していきましょう。

純粋、純真、無邪気などとひと言で言い表すのは簡単ですが、実際にそれを体現するというのはきわめて難しいことでしょう。意図や狙いが本当になにもない状態で人間が打算もてらいもなく行動を起こすことのほうがまずめったにないことだと言えます。おもいつくままに行動せよとか無垢であれというのもひとつのドグマになってしまえば本末転倒でおかしなことになってしまいます。きょうの大きなポイントは社会的な卓越性や個人の能力に依存しないということです。地位や肩書など、一昨々日の21度にも絡めて言えば組織人としての立場をかたちづくっている人間の社会的な側面。あるいは自分の内面にあるさまざまな資質や才能や潜在性などをあわせての総合的な能力。ものごとに関わるうえでそうしたものに頼ったやり方から離れる、そういう意味においての純粋を追求していこうというのがきょうのテーマです。あるがままにというよりは自分に染みついたものから距離をおくというほうが近いでしょう。若さや新しさに積極的に触れてとり入れるようにするなど、もろもろの意味でリフレッシュを図りましょう。精神性およびものごとの理解においてあまりにも楽天的でのんきな成り行き任せの愚鈍傾向が見られるときでもあります。無邪気であることを履き違えないように注意してください。
サビアンシンボルは
乙女座23度「ライオンの調教師が技術と名声を誇示する」

このシンボルのキーノート(基調)は
「運命を実行するために生命力を手なずける必要性」

きょうはどんな日?
筆者の都合により大変申し訳ありませんが、本日は休載とさせていただきます。
あしからずご了承ください。
サビアンシンボルは
乙女座22度「貴重な宝石で飾られた王室の紋章」

このシンボルのキーノート(基調)は
「いかなる程度の〈気高さ〉であろうとも自身の文化的な水準の高さを表明する、貴族的な地位の証明」

きょうはどんな日?
筆者の都合により大変申し訳ありませんが、本日は休載とさせていただきます。
あしからずご了承ください。
サビアンシンボルは
乙女座21度「女の子のバスケットボールチーム」

このシンボルのキーノート(基調)は
「集団の文化に参加する感覚を叩きこむ手段としての身体的訓練」

きょうはどんな日?
集団での目的実現のために必要な組織としての行動様式を身につけ、そのなかで自分自身の成長と洗練が促されるときです。

競争を廃し、他人との協調のなかで同じゴールをめざして目的化された努力を展開し、個々人それぞれの関心が満たされるときというのがきのうでした。集団全体で目標を同じくしてみんなでそれに向かうなかで成長が達成できる。ライバルともできるならば手をとりあい助けあって共通の目標をめざしてみようという具合でしたが、ゴールには到達できたでしょうか。きょうはきのう以上に集団のことを意識してみましょう。

集団全体で共通の目標を設定しみんなで頑張るというきのう、それなりの成果があがればそれはそれでよいことですが、きょうは出来不出来の如何にかかわらず集団や組織のあり方についてかんがえてみてください。人間は一人で生きているわけではありませんし、一人では生きられません。頑張る、努力をするということも、だれか他人がものごとに関与して最後まで一緒であるような状況だからこそはじめて報われ満足が得られるはずです。そしてそれが集団全体で共通の目標に向かっているような場合であれば、個々人それぞれがみな、他人も自分と同じようにその集団に関わって貢献しているのだという意識をもつ必要があります。そのときに必要となるのが規律であり礼儀であり、それをみんなが守ることによって組織は組織として機能するわけです。ごく当たり前のことですが、きょうはいつも以上にそのことを意識してみてください。個人の行動規範以外に集団の行動規範というものが確実に存在し、後者が前者に先立つという場面も間違いなく存在するのです。なにが優先されるべきかをしっかりわきまえ、自分の立場や役割をまっとうするように努めてください。にもかかわらず同調や順応にひどく抵抗を覚え、気乗りせず大儀そうにいかにも億劫なように振る舞ってしまう傾向が見られるときでもあります。深呼吸して姿勢を正しましょう。
サビアンシンボルは
乙女座20度「西海岸へ向かった車の一団」

このシンボルのキーノート(基調)は
「あらゆる体験の"新世界"に到達しようとする協同的な努力の必要性」

きょうはどんな日?
競争を廃し、他人との協調のなかで同じゴールをめざして目的化された努力を展開し、個々人それぞれの関心が満たされるときです。

成長をめざし自分の特殊技能を完璧にし楽しむために、他人との直接的な競争という刺激をまったく公平無私に求めたいときというのがきのうでした。競争とはいえ争うことを目的とするのではなく、対象を模倣することでおたがい切磋琢磨しあい成長を目的にしよう。そのような存在となる〈お手本〉を見つけてみようという具合でしたが、よきライバルは得られたでしょうか。きょうは完全に競争から離れましょう。

競争から離れるにしても模倣は継続していったほうがよいでしょう。切磋琢磨による能力向上や成長がきのうのテーマだったわけですが、きょうのテーマはその程度にはとどまりません。成長をめざすにしても、集団全体で目標を同じくして、みんなでそれに向かうなかで成長が達成できるという格好です。ライバルとも、ただ真似をして競いあうにとどまらず、きょうはできるならば手をとりあい助けあって共通の目標をめざしてみてください。ここしばらくのまとめのような日となります。頑張りましょう。不用意で無思慮な言動や行動に出てしまったりなんの理由もなく不安で落ち着かず多動的な傾向が見られるときでもあります。精神集中を図って目標に向かいましょう。
サビアンシンボルは
乙女座19度「競泳」

このシンボルのキーノート(基調)は
「スピリチュアルなゴールに向かっての集団の努力からくる刺激」

きょうはどんな日?
成長をめざし自分の特殊技能を完璧にし楽しむために、他人との直接的な競争という刺激をまったく公平無私に求めたいときです。

自分の経験を着実にかつ全体的に見通せる力が発揮でき、またそこで見えてきたものを成長や生活の指針として活かせるときというのがきのうでした。発散や解放を経たところでクリアーになった心のなかをよく覗いてみる。おとといの「火山噴火」は薄っぺらで表面的なものへの拒絶としての非常に創造力に富んだ豊かな力であることがわかってくる。その流れや、降りてきたもの、ひらめいたものなどを参考にするとよいという具合でしたが、うまく活用できたでしょうか。きょうは他人へと目を向けてみましょう。

ここしばらくは自分の内面に向かうことが続いていました。〈見ないでいた部分〉に直面せざるを得なくなる。野蛮や暴力などに向きあい扱いこなす必要もあった一方で発散や解放をかんがえてみる。すっきりしたところで内なる力の流れを見てとり、それを指針にもし得る。このように自分の内側に関心をおいて行動を決定していく状態から離れて、関心を外側に、他人のほうにおいてみてください。そしてぜひ〈お手本〉を見つけましょう。自分が真似をしたい、とり入れたいとおもうようななにかをもっている存在。そうそう簡単にはとり入れられはしないでしょうし真似をするのにも骨が折れるでしょう。ものにしてやろうと頑張ることがおのずと相手と競いあうことになり切磋琢磨しあうことにもなります。とはいえここで必要とされているのは模倣することであって争うことではありません。シンボルに描かれているのは「競泳」ですが、自分がもてるものを出し切って他人とぶつかりあい、実力を比べあうような競い方ではなく、相手の模倣を通じて自分が成長していくような競い方をめざしてみてください。勉強させてもらうという謙虚な心を忘れないようにしましょう。不適切なまでに過剰に自分を誇大に脚色し演出してみせる傾向が見られるときでもあります。人の真似をするならばまず仮面は外しましょう。
サビアンシンボルは
乙女座18度「ウィジャ盤」

このシンボルのキーノート(基調)は
「無意識の精神の深い休暇に接触する能力と心霊的な暗示や前兆に対する敏感さ」

きょうはどんな日?
自分の経験を着実にかつ全体的に見通せる力が発揮でき、またそこで見えてきたものを成長や生活の指針として活かせるときです。

最も基本的なことがらとして現実を構成する自身と自然との絶えざる拡張を図るために物理的な力の必要が強調されるときというのがきのうでした。内面の野蛮や暴力などを発見することになったならば、扱いこなすというおとといに対して積極的に発散や解放をかんがえてみよう。そうしたほとばしりは成長を促すものとして前向きにとらえ、注意しつつも出してしまおうという具合でしたが、落ち着きは得られたでしょうか。きょうはそこでまた自分の内面を見つめてみましょう。

発散や解放を経たところで単純にすっきりしたという部分は当然のようにあるとおもいます。クリアーになった心のなかをよく覗いてみてください。きのうの「火山噴火」は自分のより深い潜在力を解き放ち活性化させるというばかりではなく、それ自体がきわめて豊かな力であることがわかるでしょう。薄っぺらで表面的なものへの拒絶としての、非常に創造力に富んだ力。それが噴き出したところでひとつの流れが生まれています。ゆっくり眺めてみてください。本当に扱いこなすべきはこちらであるかもしれません。また大変勘が冴えるときでもあります。いわゆる「降りてくる」という感覚がきょうは体験できるかもしれません。降りてきたもの、ひらめいたものなどを大切にして、これからの日常生活の参考にするとよいでしょう。シンボルに描かれているウィジャ盤とは西洋版のこっくりさんと言われますが、子どもたちが放課後の教室に集まって行うようなカジュアルなものではなくて、本格的な降霊会で用いる儀礼的なものです。占いには大変親和性の高い日だと言えますが、迷信やそれに基づく慣習にとらわれてしまったり、未知のものをまったく無批判に手放しで受け入れ身を委ねてしまう傾向が見られるときでもあります。節度をもって、自分の身を守ることもかんがえましょう。
サビアンシンボルは
乙女座17度「火山噴火」

このシンボルのキーノート(基調)は
「長期にわたって抑制された無意識の内容物の爆発的なエネルギー」

きょうはどんな日?
最も基本的なことがらとして現実を構成する自身と自然との絶えざる拡張を図るために物理的な力の必要が強調されるときです。

成長の過程における必然として自分の内面の原初的な力と直面せざるを得なくなり、またそれを扱いこなす必要に迫られるときというのがきのうでした。成長していく途中で心の奥底に押し込めてしまったものや、徹底的に遠ざけていたものを呼び覚ますような出来事。また自分のなかの野蛮な側面などを強く感じさせられる出来事が起こることもあり得る。当惑することも仕方ないが扱いこなすことを目的にしてしっかり向きあおうという具合でしたが、うまく乗り切れたでしょうか。きょうは逆のことをかんがえましょう。

きのうの〈出来事〉によって見ざるを得なくなった〈見ないでいた部分〉があったならばそれ自体が文字どおり大きな発見でしょう。内面の野蛮や暴力などを発見することになったならばそれを扱いこなす必要があったわけですが、そうそううまくいくばかりでもないのが実際のところです。きょうは積極的に発散や解放をかんがえてみてもよい状態だと言えるでしょう。そうでなくとも積年抑圧されてきた恨みつらみや不満などが爆発し噴出しやすいときでもあります。この際いっそのこと出してしまったほうがよいかもしれません。きのうはうまく扱いこなすことがテーマでしたが、それはもちろんそれ自体が人間として成長するということでした。しかし一方で抗いがたいほどのほとばしりは自分のより深い潜在力を解き放ち活性化させることにもなり得るわけで、それも成長のひとつの姿なのです。やり場のない行き当たりばったりの無目的で闇雲な抑制できない衝動は、きょうは直接的で身体的な実力行使の形態をとりやすいでしょう。それだけに発散や解放には注意を伴いますが、それも仕方ないと割り切るしかないかもしれません。ごく単純に苛立ちや不機嫌や癇癪が起こりやすい傾向が見られるときでもあります。自損や傷害には注意してください。怪我があっては成長どころではありません。
サビアンシンボルは
乙女座16度「動物園で子どもたちがオランウータンに直面させられる」

このシンボルのキーノート(基調)は
「自身の内に存在する原初的な性質の〈野生の〉力との真っ向からの対決」

きょうはどんな日?
成長の過程における必然として自分の内面の原初的な力と直面せざるを得なくなり、またそれを扱いこなす必要に迫られるときです。

自分の出自をあらためて確認し、継承しているものは祖先を育んだ文化の所産の賜なのだとよく理解できるときというのがきのうでした。個性とはその人物特有の性質ではあるけれども、実のところそれは文化によって生み出されたものであり、だからこそ継承していくことさえ可能なのである。祖先につながっている自分の力の源泉へと想いを馳せてみて、それを育んだ文化があり、またその文化をつくった人々がいるのだとかんがえてみようという具合でしたが、来し方行く末は見えたでしょうか。きょうは少々ショッキングな出来事が起きるかもしれません。

先週のうちにも能力開発だの掘り起こしだのといった機会はたくさんありましたが、それでもまだ見落とされている部分、あるいは、これが重要なのですが〈見ないでいた部分〉がきっとあるはずなのです。なぜならそれは多くの場合意識的に見ようとおもっても見ることが非常に困難だからです。成長していく途中で心の奥底に押し込めてしまったものや徹底的に遠ざけていたもの。つらく悲しい出来事だったり、場合によってはそれが心の傷になっていることさえも忘れてしまっている、もしくは自覚がないようなことがらなどは、なかなか対象として見てみようとしても難しいものです。それらを呼び覚ますような出来事、ないしはその出来事自体が突然降って湧いたかのように訪れる可能性があります。また自分のなかにきわめて暴力的な衝動や野蛮な感情、グロテスクでおぞましい欲望などが存在することを強く感じさせられる出来事が起こることもあり得ます。しかしこれらは、扱いこなす必要に迫られるということは、とりも直さず扱いこなすことが可能であることを示しているわけです。人間の手に余るようなものではけっしてありませんし、こう言ってよければだれしもがちゃんと扱い切っているのです。自分にできないはずがないのだととらえてしっかり向きあってください。未熟で生硬で粗雑であること、わるくすると暴力的であることさえも自己正当化してしまう傾向が見られるときでもあります。繰り返しますが、扱いこなすことを目的にしてしっかり向きあってください。

またこの先半月のテーマは〈教育〉です。人との違いをしっかりと自覚し、違いを自分自身が客観的にとらえて説明できるようにするというきのうまでの半月のテーマ〈個性化〉を経て、自分はこれからどこへ向かっていくのか、だれになにを伝えて残していくべきなのかをかんがえるにいたりました。個性や文化を継承していくことのみならず、自分が得た知識をどのように人に伝えていくかがテーマになっていきます。まずは〈見ないでいた部分〉を自分のものにすることからはじめてください。
サビアンシンボルは
乙女座15度「勇敢な祖先から受け継いだ家宝の立派なレースのハンカチ」

このシンボルのキーノート(基調)は
「よく成し遂げられた行為の見本」

きょうはどんな日?
自分の出自をあらためて確認し、継承しているものは祖先を育んだ文化の所産の賜なのだとよく理解できるときです。

血統的に受け継いだものの分岐や広がりを確認することで、すでに確立された伝統が人間に授けるものはいかに効果的であるかを理解するときというのがきのうでした。実践的で実用的なスキルをなにかもっているといったこととはまるで異なる、その人物の魅力としか言いようがないもの。後天的に身につけたものごとに先立っての、もって生まれたものの素晴らしさを認識する。そしてそれは人それぞれがみな等しくもっている自分の個性の源なのだ、という具合でしたが、受け継ぐことの重みは感じられたでしょうか。きょうもさらに自分のルーツについてかんがえてみましょう。

中世の騎士は、少なくとも理論上は、自分が献身的に愛し仕えている貴婦人の身につけるレースの一片をお守りとしてもっていなければ騎士道に入ることが許されませんでした。自分の身分を保証し、騎士という存在を成り立たせているもの。シンボルに描かれているレースのハンカチは、人間の個性というものが、忠誠関係の基盤のもとに保証されている状態を表しています。またそれが家宝として勇敢な祖先から受け継がれているということは、個性とは血統的にも文化的にも相続が可能なのだということを示しています。一般的には個性とはその人物特有の性質としてとらえられるものでしょうが、実のところそれは文化によって生み出されたものであり、まただからこそ継承していくことさえ可能なのだというわけなのです。乙女座の季節のはじまりでは「この先半月のテーマは〈個性化〉」だと述べました。人との違いをしっかりと自覚する。違いを自分自身が客観的にとらえて説明できるようにする。そしてその帰結は、人との違いというものも何世代にもわたって脈々と継承されてきたものであり、また祖先も文化のなかでその違いを育んできたのだという理解にいたるというわけです。逆説的に、個性を培うということは、美しく意義深い文化を構築しようという数多くの世代の努力の妥当性を認めることにつながるのだと言えます。この半月のまとめとして、自分の力の源泉へと想いを馳せてみてください。そして、自分はこれからどこへ向かっていくのか、だれになにを伝えて残していくべきなのかを、うすらぼんやりとでもかんがえてみてください。ご機嫌とりの自己欺瞞に走ったり、些細なことにもったいぶった興味を示してみせる傾向が見られるときでもあります。それは上品とは呼びません。