すずきふみよしの「星の音を聴く」 -12ページ目

すずきふみよしの「星の音を聴く」

読むこととはすなわち聴くこと。耳を傾けること。
ホロスコープから「聴いた」ものを、そして感じとったものを、日々丹念に言葉にしていきます。

サビアンシンボルは
天秤座14度「正午の暑さのなかで男が昼寝をとる」

このシンボルのキーノート(基調)は
「日常的な活動の社会的パターンの内にある、回復の必要」

きょうはどんな日?
努力の報償として得られる充足を休息という形態で満たし、日常生活を正しくするために英気を養っておきたいときです。

着想を次々と表明することに知的な楽しみを見い出し、有用無用よりも美醜と善悪を重要な価値基準にして行動したいときというのがきのうでした。具体的な実現可能性は一切考慮せず、息を吐くのと同じようにおもいつきを口にしてみよう。吐き出すこと自体がすでに創造的なのだととらえてひたすら楽しもうという具合でしたが、変化のない日常はいくらか豊かになったでしょうか。きょうは楽しみはさておきとにかく休みましょう。

きのうのテーマはとにかく楽しむことでしたが知的で創造的な側面が色濃くあるものでした。きょうはそうした付加価値はまったく勘定に入れず純粋に休むことだけに専念してみてください。「親が死んでも食休み」ということわざがありますが、どんな状況であっても消化を助けるためには食後にしっかりと休みをとるほうが人間の体には望ましいのです。それは一個人の肉体においてのみならず、社会のあらゆる集団が組織として申し分なく機能するためには休息は絶対に必要なものです。きょうは幸いにして休日ですから存分にのんびりしてください。強いて目的めいたことを挙げるとしたら、自分一人での楽しみ方を確立することです。一人でいることが退屈でやり切れない、なにをしたらいいのかわからないといった状態ゆえに、ついうっかり人に依存してしまうようなことから脱却しましょう。漫然とすごすことが性にあわないとかなにか申し訳ない気がするという場合は、その心の負担をとってリラックスすることを目的にしてみてください。負担がなければどうぞ心ゆくまで一人ですごしてください。人生において根本的に自滅的なまでに冷淡で無関心な傾向が見られるときでもあります。ニヒルな昼寝は結構ですが虚しさに押し潰されることのないように注意してください。
サビアンシンボルは
天秤座13度「シャボン玉を吹く子どもたち」

このシンボルのキーノート(基調)は
「それを通じて若い心が完璧な達成を夢見るような文化的ファンタジー」

きょうはどんな日?
着想を次々と表明することに知的な楽しみを見い出し、有用無用よりも美醜と善悪を重要な価値基準にして行動したいときです。

知識の探究において高い集中力を発揮でき、また社会的な有用性を意識しながら自他ともに必要とされる知識を取捨選択できるときというのがきのうでした。上下関係を伴った知識の伝達とは違った相で知識の探究は成立し得る。自分の個人的な知的関心の追求がそのまま社会参与になっているような知識の探究をかんがえてみようという具合でしたが、有益なものは見つけられたでしょうか。きょうは使うことよりつくることをかんがえてみましょう。

石炭や鉱石などを掘り出すように知識を探究していく。言わば知の鉱脈を掘り当てるかのような営みは、一応は社会全体に有用なものを求めるという大きな目的につながっていました。きょうはもっと私的な方向へと関心が傾いて構いません。使うことよりつくることを、とは言えども、なにも公的に価値あるものを生み出そうという大それたものではなく、まったくの個人的な楽しみに従うものでじゅうぶんです。有用であるか否かさえも不問で、とにかく発想を〈外〉へ出していきましょう。息を吐くのと同じようにおもいつきを口にしてみてください。シンボルに描かれているシャボン玉はひらめいたアイデアの象徴です。浮かび上がり漂っては消えていく泡の玉はほんの束の間の美しい輝きを放つにすぎませんが、きょうはひたすらそれを楽しみましょう。それが具体的に実現可能であるかどうかなどという考慮は一切必要ありません。きょうの最大の関心事は建設的であるかそうでないか、その一点です。子どもたちはいったん石鹸水をストローにつけてから吹いているわけですが、その行為だけでもじゅうぶんに創造的なのだととらえてみてください。揺るぎないまでに堕落した絶え間なく怠惰な夢想傾向が見られるときでもあります。できるだけ人と交わるようにして、口にしたおもいつきの反応を見たほうが健全かもしれません。
サビアンシンボルは
天秤座12度「坑夫たちが深い炭鉱から表に出てくる」

このシンボルのキーノート(基調)は
「社会の集団精神の炎を燃やし続ける知識の探究を、ずっと深いレベルで持続する必要」

きょうはどんな日?
知識の探究において高い集中力を発揮でき、また社会的な有用性を意識しながら自他ともに必要とされる知識を取捨選択できるときです。

高度で専門的な知識の伝達に関わることを余儀なくされ、伝えるという行為を通じて人間関係の距離感を測っておきたいときというのがきのうでした。セルフコントロールを徹底して外的な困難および内的な乱れを克服した自信を、自他の違いとして認識しよう。それゆえに自分が知識を伝える側の立場に立つことになり、ふさわしい態度が求められることになるという具合でしたが、適切な距離は保てたでしょうか。きょうは知識を選びとるということについてかんがえてみましょう。

個々の人間のあいだに優劣はないというのは近代の市民社会の原理原則のひとつです。しかし同時に、私たちの社会で実際に生じるさまざまな出来事には人間関係の力学が存在するのも事実です。繰り返し述べている「水が高いところから低いところへと流れる」という例示のとおり、あるところからないところへと、もつ者からもたざる者へとものごとが伝わっていくのは道理であり摂理なのです。そういう意味では知識の伝達においては上下関係が明らかに存在しています。しかし知識の〈探究〉というものは、必ずしも上下関係を伴った伝達のなかでばかり展開される営みではありません。シンボルに描かれている坑夫たちは石炭や鉱石などを地中の深いところから掘り出してくる仕事に携わっています。石炭や鉱石は古代が残した遺物であり、それを今日私たちは有効に利用していますが、これは知識もまた同様なのです。現実には坑夫たちは資本家に雇用されている身分であり、掘り出したものは自分自身のためのものではありませんが、一方で社会全体に有用なものであるのは事実です。自分の個人的な知的関心の追求がそのまま社会参与になっているような、そういう知識の探究をぜひかんがえてみてください。個人的な潜在力を開発することや、あるいは非常につまらなくとるに足らない些細なものを突破することについて、まったくの無力である傾向が見られるときでもあります。ひと山当てようという野心こそがすべてを不能にしてしまうのだと心得ましょう。
サビアンシンボルは
天秤座11度「眼鏡の縁越しに学生を見つめる教授」

このシンボルのキーノート(基調)は
「特別な文化的設定における知識の伝達に伴う問題」

きょうはどんな日?
高度で専門的な知識の伝達に関わることを余儀なくされ、伝えるという行為を通じて人間関係の距離感を測っておきたいときです。

リスクを引きとることでこれまで自分がやってきたさまざまなことがらの成果を確認し、また自身の技能の洗練に向かいたいときというのがきのうでした。外的な困難と同様に自分の内にある荒くれや乱れや高ぶりなども、自分自身がもつすべての技能を動員して抑えコントロールしていく。幾分危険なことがらにあえて挑戦しても、乗り切ったのちには技術のさらなる向上と人間的な成長が待ち受けているだろうという具合でしたが、穏やかさは得られたでしょうか。きょうは知識の伝達についてかんがえてみましょう。

セルフコントロールを徹底して外的な困難および内的な乱れを克服していこうというのがきのうのテーマだったわけですが、やり切ったところで技術のさらなる向上と人間的な成長だけでなく、大きな自信がみなぎっていることとおもいます。まずはそれを自分と他人との違いとして確認しましょう。そしてそれは、先週も述べていることですが、あくまでも違いにすぎずけっして優れた点ではないのです。しかしながら水が高いところから低いところへと流れるときの、その〈高いところ〉に、いま自分がいることを自覚するでしょう。知識を伝える側の立場であるということ。そこではそこにふさわしい態度が求められます。シンボルに描かれている教授の眼鏡は数多くの書物を読んで蓄えられた豊かな知識を象徴しています。学生を見つめる際に眼鏡を外すことなく縁越しにという仕草は、知識を伝える側の立場から〈降りない〉ことを表しています。優劣はなくとも、知識の伝達の際には〈上下〉の関係があるのだということです。とはいえ場合によっては眼鏡を外してのコミュニケーションが効果的になるのかもしれません。伝えることを通じて人間関係の距離のとり方を工夫し使い分けることを意識してみてください。他人を見くびり卑下したり、逆におべっかを使いとり入らざるを得なくなる傾向が見られるときでもあります。混乱するのであればまず伝えることを第一にかんがえましょう。
サビアンシンボルは
天秤座10度「狭い急流を無事通過してカヌーが穏やかな水域に到達する」

このシンボルのキーノート(基調)は
「内面の安定の定常状態に到達するために必要なセルフコントロールと平静」

きょうはどんな日?
リスクを引きとることでこれまで自分がやってきたさまざまなことがらの成果を確認し、また自身の技能の洗練に向かいたいときです。

混乱のなかでの再生にあたって自己表現の基本的な能力を他人との調整のなかで見直し、原点を参照しつつ確認しておきたいときというのがきのうでした。視覚化からはじまった一連の流れのなかで、いったんわかりやすくかたちにして提示してみたものに修正や補正の必要が生じているだろう。直していくとともに、自分の根っこにあるものを見失わないように、必要ならば原点に立ち戻ってみようという具合でしたが、やり直しの準備万端は整ったでしょうか。ではきょうは頑張っていきましょう。

抵抗勢力の反発を食らい、心に手当が施され再出発が促される。そして調整段階を踏まえたのですから、なにも問題はないはずです。おもい切っていってください。シンボルに描かれているカヌーは自分自身のもつすべての技能があらゆる外的な困難を乗り切るうえで十全に機能しうまく働いている様子を表しています。水はしばしば無意識の象徴ともされますが、狭い急流は単に外的な困難を表しているばかりでなく、自分の内にある荒くれや乱れや高ぶりなどをも表していると言えます。それらを抑えコントロールできる技術と力がカヌーを漕ぐ手には込められているのです。自信をもって進みましょう。きょうは幾分危険なことがらにあえて挑戦してみてもよいでしょう。その危険はほんの束の間のものですが、その束の間の不注意が命とりになる可能性があることもよくわかっているはずです。無事乗り切ったのちには、技術のさらなる向上と人間的な成長が待ち受けていることでしょう。そしてそれこそが、成功へと続く最も確実な道なのです。ただ、冒険というものについて未発達で原始的な愛情を示したり、まったくの幸運に対して一切知的でない信頼を寄せる傾向が見られるときでもあります。信じるべきは己の技量です。
サビアンシンボルは
天秤座9度「アートギャラリーの特別室の壁にかけられた三人の〈巨匠〉」

このシンボルのキーノート(基調)は
「混沌とした社会において新しい価値を求める混乱した探索のあいだに、根源に立ち戻る必要」

きょうはどんな日?
混乱のなかでの再生にあたって自己表現の基本的な能力を他人との調整のなかで見直し、原点を参照しつつ確認しておきたいときです。

自分が慣れ親しんだ環境のなかで傷ついた心に手当が施され、再出発への希望が養われるときというのがきのうでした。変化を求める気持ちや行動自体の柔らかさをとり戻すためにもひと呼吸おいて仕切り直しをしてみよう。理想や理念の実現のみならず、以前手をつけたけれどもやめてしまったことや手放さざるを得なかったことなどについてもやり直しや回復を試みてみようという具合でしたが、もろもろ再挑戦の意欲は湧いてきたでしょうか。きょうはまた勉強してみましょう。

自分の内面にあるものを視覚化し提示する、それに対する抵抗勢力の反発を食らう、ひと呼吸おいて仕切り直しに向かう。先週土曜日以来のこうしたプロセスを経て、きょうはやり直すうえでの修正や調整にとり組んでいきましょう。〈視覚化〉のプロセスはとりも直さず自分自身の創造性を高めるうえで必要なことでした。いったんわかりやすくかたちにして提示してみたところで修正や補正の必要が、当然のように生じてきたことでしょう。根本的に間違っているなら一からつくり直す必要もあるかもしれませんが、多少の歪みやブレなどは直せばすむことです。自分の根っこにあるものを見失わないように注意してください。シンボルに描かれている巨匠たちは伝統や古典の象徴であり、その作品を特別室という場所に入ることができる限られた人々だけが鑑賞可能である様子が示されています。もしもいま自分の根っこがよくわからなくなってしまっているのなら、〈原点回帰〉が必要なのだということをこのシンボルは教えてくれています。そして重要なことがらを参照する機会も与えられているのだということです。再出発にあたっては気持ちを振り出しに戻すことも必要でしょう。一方で、伝統に対する惰性的で怠惰な意味のない崇拝を見せたり破壊的なまでに過激な自己内省で自分を痛めつけてしまう傾向が見られるときでもあります。迷いすぎないように大切なものを選びとりましょう。
サビアンシンボルは
天秤座8度「寂れた家で燃え盛る暖炉」

このシンボルのキーノート(基調)は
「最も空虚な時間でさえもずっと、スピリチュアルな力が、中央へと戻るわがままな意識を元気づけ、歓待の用意をしているということを自覚する必要」

きょうはどんな日?
自分が慣れ親しんだ環境のなかで傷ついた心に手当が施され、再出発への希望が養われるときです。

理想や理念の提示と追求に対して反動的な揺り戻しが生じる可能性があり自分の覚悟と器量が試されるときというのがきのうでした。自分の興味の対象を保護する反面排他的傾向があるような人物からの反発。しかし一方で自分の理想それ自体がある人たちにとっては不利益をもたらすことになる可能性もあるのだと理解しておこうという具合でしたが、うまくしのげたでしょうか。きょうは安らぎが得られることでしょう。

抵抗勢力との衝突があったかなかったかは別としても自分の信念が問われるような状況に身を置くことは大きなストレスであることは間違いありません。相手の立場や自分のやっていることもじゅうぶんに承知したうえで、それでも自分にとって必要なものごとを追求していく。それがどうしても必要であるのならそうせざるを得ないでしょう。変化を求める気持ちも、ただ「これを変えたい!」ということに執着してしまうとなんのための変化なのかを見失い、変えようとする行動自体が柔らかさをなくしてしまいます。まずはひと呼吸入れて落ち着きましょう。きょうのテーマは〈再生〉です。やり直しや仕切り直し。自分が追求する理想や理念に向かううえで、ひと休みしてからまたはじめてみてください。シンボルに描かれている寂れた家は、かつては人が住み、家族の団欒があったはずですが、いまはだれもいないのに暖炉だけが燃え盛っています。それは前の住人の生活の名残ではなく、次の住人を迎え入れる灯火なのです。以前手をつけたけれどもやめてしまったことや、手放さざるを得なかったことなどがあれば、きょうを機に再開しとり戻すようにしてみてもよいでしょう。また暖炉のような温もりや癒しを求めて人に甘えてみたりわがままに振る舞うのも、きょうはよしとしておきましょう。自分自身が工夫し計画したものごとについて実に愚かしくもみずから放棄してしまう傾向が見られるときでもあります。再生や再開の機会はつねに得られるわけではありません。
サビアンシンボルは
天秤座7度「雛鶏に餌を与え鷹から守る女性」

このシンボルのキーノート(基調)は
「まだ無力で怯えている初心者の心を養うひとつの試みとしての、〈闇の力〉という敵意に直面する必要」

きょうはどんな日?
理想や理念の提示と追求に対して反動的な揺り戻しが生じる可能性があり自分の覚悟と器量が試されるときです。

理想や理念が実現された状態や自分の内面にあるものをいったんわかりやすくかたちにしておくことで創造性を高めておきたいときというのがきのうでした。自分の内面にあるものを視覚化する。試作として内なるイメージを差し当たりかたちにしてみることで理想や理念をより効果的にしようという具合でしたが、他人の精神に訴えかけることはできたでしょうか。きょうは特定の方面から反発を受けるかもしません。

理想や理念を実現するというのは、もちろん簡単なことではありません。イメージをかたちにするという具体化能力もすべての人間がもちあわせているわけではありませんし、きのうのテーマを実行するのにさえも多大なる努力が必要となる人もいたことでしょう。まずはひと休みとってください。〈理想像のプレゼンテーション〉が実行できた人は、それに対する抵抗勢力の反発を食らう可能性もあります。ひと苦労骨を折ったあとにさらなる苦難が待ち受けているという格好ですが、臆することなく堂々と向きあってください。シンボルに描かれている女性は雛鶏がかわいくてたまらないという様子ですが、これは自分の本当の興味の対象を保護することにかけて並外れて特別な能力を象徴しています。したがって同時に排他的傾向が現れるということも示しているわけですが、それはおたがいさまだということも忘れないでください。自分が理想を提示する一方でそれについて興味のない層が反発を示す。しかし自分の理想それ自体がある人たちにとっては不利益をもたらすことになる可能性もあるのだということを理解しておきましょう。人生の日常的で反復される複雑性に直面してまったくの個人的な愚かしさを露呈してしまう傾向が見られるときでもあります。変化にはなるべく対応できるようにしておきたいものです。
サビアンシンボルは
天秤座6度「男が自分の内なるビジョンの前に理念が具体的なかたちを結ぶのを見る」

このシンボルのキーノート(基調)は
「人の夢や理想を、真に効果的なものにするために、明瞭に視覚化する必要」

きょうはどんな日?
理想や理念が実現された状態や自分の内面にあるものをいったんわかりやすくかたちにしておくことで創造性を高めておきたいときです。

理想や理念をかたちにするための知識や方法、さらには精神的支柱となる思想が、用意の整ったところへと伝えられるときというのがきのうでした。人々の違い、つまり個性というものについて正しく認識したうえで、自分とは違う個性から知識を得てみよう。年功も序列も関係なく、ましてや人それぞれに優劣などあるはずもなく、ただ水が高いところから低いところへと流れるように〈自然に〉知識や技術が伝えられていくだろうという具合でしたが、必要なものは共有できたでしょうか。きょうはひとつなにかかたちをめざしてみましょう。

もちろん理想や理念の具体化をめざしたいところですが、休日ですので状況が許さないかもしれません。日ごろの仕事から離れたところでとり組んでいるもの――趣味やライフワークなどで長く時間や努力を注いでいるものがあれば、その分野でのまとめの作業にとりかかってみるのもよいでしょう。懸案のものがあればきょうを機にぜひ仕上げてみてください。熟考されたものは容易にかたちを成すことでしょう。きょうのテーマはキーノートに記されているとおり自分の内面にあるものを視覚化することです。このプロセスは創造にとても大切なもので、なにか〈降りてくる〉ものにチャンネルが開かれているとか、必要なときに歪みなく〈元型〉を投影できるとか特殊な能力をもっている人でもない限りは、内なるイメージを差し当たりかたちにしてみる〈試作〉という営みが必要なのです。本番はまだ先で構いません。まずはやってみましょう。理想を語るということは、それが実現されない限りは現実逃避として見なされる場合が往々にしてあります。しかしながら、人間と人間とが顔と顔を突きあわせて向かいあったとき、おたがいの精神を揺り動かし訴えかける唯一にして最も効果的なものこそ理想でもあるのです。そしてそれをかたちにするのが意志の力であり、それを支えているのが情熱なのです。不適切で不十分な予想や不適格で力不足の期待、およびうわべだけの忠実や献身によって自滅する傾向が見られるときでもあります。想像力と創造性を絞り込んで頑張りましょう。
サビアンシンボルは
天秤座5度「〈新世界〉がよって立つ基盤となる内面の知識を生徒に明らかにする男」

このシンボルのキーノート(基調)は
「自身の長い経験を通じて、確実かつ啓発的な真実、言い換えれば〈種(たね)の理念〉へと到達してきた先生から、若い魂が学ぶ必要性」

きょうはどんな日?
理想や理念をかたちにするための知識や方法、さらには精神的支柱となる思想が、用意の整ったところへと伝えられるときです。

理想や理念を共有できる人たちとともに、一切の強制も禁止もなく志を同じくして目的に向かいたいときというのがきのうでした。共通の目的に向かって一緒に進む〈同志〉の存在。そういう仲間とすごすか、もしくは目的や志を同じくする人々のネットワークづくりにとり組んでみようという具合でしたが、中央に炎が燃え上がっている集まりや交流をもち得たでしょうか。きょうはあらためて他人にしっかりと教えを学んでみましょう。

目的や志は同じであっても、言うまでもなくそこに集まっている人々は多種多様です。秋分以降きのうまでに、最もよく理解できたことの一つがその多様性だとおもいます。意識的に集団性のなかに自分を開く、見られる場に自分を置いてみようということからはじまり、自分と同様に見られる場に並んでいる人たちのこともかんがえてみる。その人たちにも背景が存在するのだと理解し、自分と他人との違いを時間軸のなかでとらえ直してみる。そのうえで〈同志〉の集いが達成できたのなら、なによりも人々の違いを、つまり個性を理解することができたでしょう。人はそれぞれであってもばらばらではありませんが、均質でも同質でもありません。そして、違いというものはあくまでも違いにすぎず、そこに優劣は存在しないはずなのです。個性について正しく認識したうえできょうは、自分とは違う個性から知識を得てみましょう。この場合年功も序列も関係ありません。あえて頭を下げに行く必要はありませんし、ましてや目上の人物から格下の者へと〈三顧の礼〉を尽くすようなことをせずとも、水が高いところから低いところへと流れるように〈自然に〉知識や技術が伝えられていくことでしょう。そしてその知識や技術はこれから同志たちのあいだで確実に必要となる、理想や理念の具体化に必須のものなのです。しっかりとみんなで共有しておきましょう。自分の洞察力や審美眼についてまったく馬鹿げたおめでたいほど実態のないうぬぼれを抱いたり、他人を支配するために遠まわしで狡猾な裏取引めいた秘密裏の企てに走る傾向が見られるときでもあります。知恵というものを正しく用いましょう。