気が向いたら更新(会社員のブログ)

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日々の出来事、思ったこと、意見etc‥を自由に書き出していきます。
気が向いたら読んでください。

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かなり久しぶりの更新。


最近まで何かを書きたいという気持ちが無かったので更新してこなかった。


だけど、最近は少し思い悩んでいる。


このブログでは、転職を絶対してやるとかいうような気持ちを綴ってきたが、実際にするという決断を

しようとすると迷いが出てくる。


なんだかんだいって大きな環境の変化を迎えるのは怖いのだ。

別にまだ転職が決まってるわけじゃないんだけど、目標としては30歳までにするという

ことだったから、それが近づいてきてちょっとビビってるし焦りなんかも感じている。


それと、根本的な話になってくるのだけど、実際に自分自身の人生に何を求めているのかが

少しあいまいな気がしてきた。ちょっと前までは、絶対英語を使った仕事をしたい!!

と思っていたけど、実はそれは自分が意固地になって勉強しているから、そうしている以上

そこは譲れないということで、そんな風に思っているのかな?と感じることがある。


いずれにしても、自分が何がしたい、何を人生が求めているのかが最近明確になっていない

ような気がする。


いずれにしても、そのへんゆっくり考えたい。


ときどき思うことがある。

確か小学2年生の頃だったが、両親が離婚した。

周りの同級生ではそんな家庭環境の人間はおらず、自分だけだった。

あまりはっきりと覚えていないのか、目を向けたくないせいか分からないが、当時のことをあまり思い出すことができない。

ただ、やっぱり子供心には悲しかったり、寂しかったり、辛かったりといった感情はあったかと思う。
その一方でよく自分の置かれている状況が理解できていなかったとも思える。
バカだった子供の頃、周囲の大人、学校の先生や近所の人たちは、お母さんはそのうちに帰ってくるよといい、その言葉を信じていたように思う。
自分自身のことだが、そういうことを間に受けていたのは愚かしい限りだったと思う。
そういった一般的には無邪気な子供心ともいえるようなものが自分自身にあったことに嫌悪感すら覚える。だから尚更目を向けたくない、バカだったあの頃を。

そして、年を重ねていつしか母親が出て行く前のような状態に戻れるという希望が実はないのだということに気付いた時、人生ではどんなに願っても叶えられない、どうしようも無いこともあるのだと思い知らされた。そのせいか、ある部分では人よりも諦めが早いような面もあると思う。
ただ、それは自分が実際にそういう経験をしたからのことなので、諦めが早いとか他人にいわれたくないときもある。

他人には分からない痛みがあるからこそなのだ。

だからかどうかは分からないが、自分は昔からいわゆる普通の環境:父親・母親がいる環境
で育っている人間を妬んでいるような気がする。
自分 だけがなぜこんな目に合わなければならないのか?別に自分でなくてもよかったのではないか?
表面的には、この世界には自分よりももっと辛い環境で生きていかなければならない人たちもいる、そんな風に自分に言い聞かせて、辛い気持ちを紛らわせて打ち勝とうとしていた。

実際に普通の家庭で育った人たちは、直接意識して感じ取っていたかどうか分からないが、親の愛情を受け取って育っていけたのだと思う。

それが、何よりも羨ましくもあり、妬ましくもある。
俺だって愛されて育って生きたかった。親に存在そのものすべてを認めてもらいたかった。

そういう感情を持ったまま、依然として年を重ね続けているが、自分自身それとどう向き合っていくのかわからない。

何度もいうが親に愛され育った人たちが羨ましい。

他人を羨ましがり、妬んだところで何か解決するわけでもないことは当然分かっている。
ただ、どうしようもない虚しさが心の中にある。

深い孤独。

大抵の人は、親にその存在を認めてもらいもらい成長し大人になっていくと思う。
自分にはそれがないことを思うと、孤独だとつくづく感じてしまう。

誰かに認めて理解して欲しい。
自分の胸の内をすべて聞いてくれる相手が欲しい。

どうしようも無い痛み。

今日は、自分の表に出したことが無かった感情を思うがままにはき出したので、かなりまとまりがない。

でも、なんかすっきりした。




最近の自分は今の仕事に慣れてきてしまっている

もちろん馴れることは良いことだとは思うが、会社に入社したての頃には
疑問に抱いていたことが気にならなくなってしまっていたりと、
必ずしもいいことばかりでは無い。
疑問に思うことから、始まることっていうのは結構多いと思う
いい例えが思い浮かばないが、それが無くなってしまうことは
考えることをやめてしまうからだ。

考えるのを止めたとたん、楽にはなるかもしれないが
思考の範囲みたいなものが狭まってしまう気がしてならない。

初心忘れるべからずという言葉があるが、確かに忘れるべきでは
無いと思った。