ちょうどそのころ傘寿の祝いを迎えたばかりの住持は、姿勢、物腰、物言いのどれをとってもかくしゃく然としていた。寺の管理はたった一人で行い、麓の自宅から延々501段の石段を上りきって、毎朝5時には決まって本堂に足を入れていた。朔日に一回、晦日に二回、そうして大晦日の除夜の鐘で百八回の、都合百四十四回の鐘撞きを幾星霜の間一人でこなしてきた。朔、晦の鐘撞きに僕たちが気づくことは、例の夏休みのクワガタ捕りの日以外ほとんどなかった。
「どうやら平家の落ち武者が、ここら辺に逃げ延びて、山陰でひっそりと暮らしていたようじゃな。彼らは、何年かを山ごもりで暮らしていたようじゃ。はっきりした人数はこの記録からは読み取れんが、十数名はいたようじゃな。怪我人もいたようですぐに仏さんになったという記述もある。口承での筆記なので語り部もよう分からんし、どういう継承で伝わってきたかも判然とせん。ただ真実のにおいのするところが多いのも事実で、そこを語り聞かせてみようと思うとるので、よう聞いといてください。」
二人は神妙に、
「はい」
と答えると、正座並びで座って、膝小僧を鷲掴みにしたまま、上半身を乗り出すようにして、住持と対座した。それを見ると、住持は、例のからから声を上げて笑ったかと思うと、
「わしは正座に慣れておるからええけど、あなたたちは無理じゃろ。さあ、足を崩しなさい。そのうち話の方に気を向けられなくなる。楽にしてええ。」
と言った。
二人は照れ笑いをしながら、どちらともなく足を崩し、控え目に横座りの格好になった。
「男の子だったら、あぐらを組んでご覧なさい。」
住持の静かな一喝で、二人はようやく楽な姿勢になれた。