星新一賞でAI小説が高評価を受けたそうです

技術革新という意味で、いいことです

とはいえ、少しもやる心があるので、ここで愚痴ります

 

AI で小説を書く。

便利になったなあ、お手軽になったなあ、という感じです。

 

2026年4月16日の日本経済新聞に、「氾濫するAI小説(上)」という記事が載りました。

個人的に、あくまで個人的にですが、なかなかに人を小馬鹿にした内容でしたね。

審査員の一人は、AIは「ここまできたか」と語ったと。

「AIの進歩を応援するという星新一賞の当初の狙いは、今年で達成された」と。

 

はい?って感じです。

 

星新一賞って、AI 応援企画だったんですかね。

「今、日本に必要なのはこの圧倒的想像力。
我々は「理系文学」を土俵に、アイデアとその先にある物語を競う賞、日経「星新一賞」を開催します。」

ってうたってるんですけど。

そもそも、 AIだけがすごいんじゃなくて、それを使う人間のスキルも上がったんですよ。

そこを評価するのは大切ですけど、でも、想像力やらアイデアやらも AI 仕込みとなると

この賞は意義をなくすでしょう。AI が作り出すのは既出ものの組み合わせなんですから。

それとも、もう人類は、すべてを出し尽くしたということで確定なのでしょうか。

もしそうなら、今後は人間いりませんよ。 すべてAI で問題ありません。

 

そして、下読みをしている人が落とした応募作品って、もしAI で推敲とかしたら

文章的にレベルが爆上がりするかもってことですよね。

新聞の記事でも「評価が伸び切らなった作品こそ AI を使わずに執筆されていた。」

ってあるので。

 

下読み選考は、想像力やアイデア重視で選考したのでしょうか。

評価が伸び切らなかった作品が、ただ文章がまずいから落とされることのないよう、

今後この賞としては、選考基準を考えて欲しいですね。

 

星新一賞の講評もざっと見ましたけど、これは本来長編のアイディアだとか

コメントしている方がいるんですよね。

普通の文学賞であれば、指定された長さに見合わない過剰設定は選外かと。

選者のレベルが少々おそまつなのでは、という疑問が出てしまうのです。

 

応募作品を、AI 部門などと切り離す必要はないと思います。

単純に、面白ければいいじゃないですか。

それよりも審査員の側に AI 部門を作って、講評させたらいいでしょう。

盗作はまずいので、そっちのチェックを厳重にという意味でも。

 

AI で小説を書く行為は、「筆者」というより「読者」の意識な気がします。

自分から出た言葉でなく、外から与えられた言葉。

それはそれで大切です。

ただ、自分の身の内から絞り出した言葉は、自分を喜ばせると思っているのです。

こんな楽しいことをAI に丸投げするとか、もったいないですねえ。