「村上もとか展」講演会編 その②『仁-JIN-』『侠医 冬馬』 京都国際マンガミュージアム | CLUB24-にいよんー

「村上もとか展」講演会編 その②『仁-JIN-』『侠医 冬馬』 京都国際マンガミュージアム

京都国際マンガミュージアム 「村上もとか展」講演会編 ② 『仁-JIN-』『侠医 冬馬』

 京都国際マンガミュージアムで開催中の「村上もとか展」後期展示と京まふイベントの一環として「村上もとか先生 講演会とサイン会」が行われた。
 

講演会は事前申し込みで約150名が聴講

 事前申し込み番号順に入室。ドルフィンは「27番」だった。

 向かって右側最前列横5席くらいは「関係者席」。なんとか最前列だけは確保できた。

 

講演会禄その②

 トークの内容はドルフィンがノートにメモした内容をリライトしたものです。言葉遣いや内容に違いがあるかもしれませんのでご了解を。

 『仁-JIN-』編になっていきなりドルフィンの質問が読まれたぁッ! 嬉しいッ! もうドッキドキ。

 『幕末百話』ですね。

 あと幕末に日本を訪れた外国人の書いた本です。外国人の目から見たら日本人は「武士」と「町人」は違う人種だと思ったみたいです。それだけ顔つきが違ったんです。

 写真を見ると農民は真っ黒で(カメラを)睨みつけて写っていますし、武士は堂々としています。体つきも違います。

 武士は小さな体に大きな刀を差しているので滑稽な感じに見えたのでしょう。

 日本の歴史の中で幕末が一番身体が小さかったようです。

 仁は170㌢代なので、江戸時代に入り込むと頭一つ上になります。そういった違いも描きたかった。

 

展示カラー原画

 

 『三宅仁(みやけまさし)』氏がモデルでは? と言われますが、関係ありません。

 「仁」という名前のお医者さんは多いんです。その親もお医者さんが多いのでそう名付けるのでしょう。

 「南方」は『南方熊楠』氏から頂きました。『エースをねらえ!』の「宗方 仁」ではないです(笑)。一時違いですが(笑)。

 

付箋が沢山貼られている先生の参考資料

 『日本の性病』は幕末の世紀末的なところまで書かれた本です。性従事者の平均寿命が20~21歳くらいだったとということにショックを受けました。花魁と呼ばれている方でさえ25歳くらい。

 この時代の女性を救うことはできないだろうか? と、ふと思った事が『仁-JIN-』の発端です。

 

 (著者の)苅谷春郎先生とは面識がないのですが、漫画を描いていたら苅谷先生のところに「おまえの本、パクられているぞ」と話が行ったらしく、先生に「書かせて頂きました」と挨拶させて頂きました。

 苅谷先生は五代続いている医者一族で、幕末の頃の事が家の中で生々しく残っているんです。「昔の事」ではないんです。

 

 この二冊からスタートしました。
 

村上もとか先生の医療メモ

 「風景画」大好きで、時間があったら自分で描きたいくらいですが、だいたいの場合は写真見せてスタッフに描いてもらってます。

 盛岡の風景は「ここがいい!」と来ました。人間なんて自然の中の一粒でしかないと。自分漫画の中でもそうはない事です。

 編集さんのおかげで色々な先生を紹介してもらい、その中でも現役でバリバリやっているお医者さんを紹介してもらいました。

 最初「漫画というものを理解していないな」と思う先生で「どう話をしたらいいか?」と悩んでいるうちに、その先生が移動になり、次の先生が漫画の知識が凄かったです。

 漫画に出てくる医療シーンを切り抜きでファイルしていて、手塚先生の漫画も「これはウソです」と説明してくれるんです。「(江戸時代に)ペニシリン作るのは難しいです」と言われて方向性が変わりました。

 薬学の先生に相談して江戸時代にあったものでペニシリンを作るレシピを書いてもらいました。

 

 またドルフィンの質問が紹介された~ッ! (実は前回に送った質問)心拍数あがるぅぅぅッ!

 

 坂本龍馬が出てきた時点で読者の方は(龍馬が斬られたら)「仁が手術するんだろうな」と思う訳じゃないですか。 

 「これをやりたい」とお医者さんに投げかけて「これだけの道具が必要」と教えてもらいました。

 幕末になると技術的に進んでいて、火縄銃を作っていた人たちがその技術で銀細工を作っていたりして。その人たちに注射針とかを作るようにしました。

 西洋の技術も入って来ていました。

 (連載)10年かけて小ネタでそれらの道具をそろえていき、最後に坂本龍馬を手術するようにしました。

 

 

 仁のいない世界が『侠医 冬馬』です。

 (助けられない)悔しさが医学を発展させていきます。

 カミさんが「仁がいたら全て解決するのにね」って言われてます(笑)。

 

 冬馬は大阪を舞台にしていますが、私は大阪をよく知らなかったんです。

 大阪には日本で初めての全身麻酔を使っていた機関がありました。大阪と長崎は直結していたんです。

 大阪だと歴史的人物を出すのが難しいです。これから先は❝あの❞大物も出していきます。

 

前回、村上もとか先生とライブドローイングされたかわのいちろう先生の手形石膏

 前回の講演会の際に手形を取られたそう。

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