みんな大好き 我らの国さん~チームクニミツ 追悼・高橋国光選手 中編 | CLUB24-にいよんー

みんな大好き 我らの国さん~チームクニミツ 追悼・高橋国光選手 中編

 逝去された高橋国光選手を惜しみ、ドルフィンが観戦してきたレースの国さん写真を掲載しています。

 レースではアツく、ファンに接するときはいかなる時でも優しく丁寧だった。感謝しきれない。

 

 1993年にGr.A全日本ツーリングカーレース土屋圭市選手を招聘し「チーム国光」を結成した事は大きな転機だった。

 それまではレース好きの野郎(失礼)中心に国さんを慕うだけだったが、チー国結成以降は女性も「国さん、国さん」と言うようになり、性別、年齢層が広がったように見受けられた。

 

1993年鈴鹿スーパーツーリング500kmレース Gr A/STP タイサン GT-R

 大好きな国さんと土屋圭市選手のコンビ結成で、チー国は応援No1チームになった。

 当時は東京に住んでいたが、土日で観戦に行って最終年となるGr.Aを堪能した。

 何と言ってもチー国が2位表彰台を獲得した事が嬉しかった。

 

お二人のこの笑顔が見られ、鈴鹿まで行った甲斐があった

 

1993年国際ツーリングカー耐久レース インターTEC/STP タイサン GT-R

 最後のGr.Aレース。グランドスタンド裏ではチー国トークショーが催された。人が多くて近づけないのでスタンド上から撮影。

 グッズもTシャツ、トレーナー、ステッカー、テレカを購入。レース観戦に行ってここまでグッズを買うのは後にも先にもこの日だけ。タイサンR32GT-Rが描かれたTシャツはヨレるまで着倒したので残っていない。

 

ステッカー

テレカ2種

 

決勝スタート前 男同士の熱い握手

 優勝が期待されたが、トラブルで早々にリタイア。残念だった。

 

京商ミニッツレーサーに国さん、ドリキンさんのサインを入れて頂いた

 

1995年ル・マン24時間レース GT2クラス優勝/ホンダNSX GT2

優勝記念テレカ

 国さん、土屋圭市選手、飯田章選手のトリオでル・マン24時間GT2クラスで優勝!

 信じられないくらいの出来事に嬉しかった。

 

チー国NSX GT2のミニカーに3人のサインを入れて頂いた

 

2014年、NSXにフィーチャリングした鈴鹿ファン感謝デーでチー国NSXをデモラン

 走行するチー国NSX GT 2を観るのはこの時が初めてだった。

 

1996年フォーミュラニッポン オープニングレセプション

会長に就任した国さんはスーツ姿。ファンの前にスーツ姿で現れるのは珍しい。

 

1996年5月全日本富士GTレース大会/ADVAN BP NSX

 ル・マン優勝をきっかけに’96年からJGTCにもNSXで参戦。

 R32GT-RとともにアドバンカラーのNSXはカッコイイマシンの一台だ。

 

チー国お二人のヘルメットピン

 

国さんと土屋圭市選手のサインを入れて頂いた四つ切写真は宝物

 8月の富士戦のレース後にお二人から頂いた。

 ドリキンさんのサインが当時の旧型なところが気に入っている。

 普段はサービスサイズかハガキサイズの写真にサインを頂いているが、チー国お二人のサインを入れて頂くために四つ切りサイズにした。

 

圭市倶楽部収録(↓)の際にサインを入れて頂いた四つ切写真

 

1996年8月TVK『圭市倶楽部』収録

 テレビ神奈川でレギュラー放送していた『圭市倶楽部』の公開収録は川崎のチネチッタで行われていた。

 国さんと服部尚貴選手がゲストで来られるとの告知があったので観に行って来た。

 1日2本録画のために衣装が変わっている。

 ドキリンさんが国さんを敬愛していることが伝わるトークだった。

 

1996年8月JAPAN SPECIAL GT CUP GT/ADVAN BP NSX

 『圭市倶楽部』収録直後だっただけに応援の熱も高かった。

レース終了後のピット裏で

 

1996年ポッカインターナショナル1000km耐久レース/RAYBRIG NSX

 国際F3000にフル参戦していた飯田章選手に代わり❝若手❞の道上龍選手を迎えた。

 鈴鹿1000㌔一戦限りのレイブリックカラーだと思っていたが…。

 JGTCとは異なるライトが取り付けられたNSX。このスペシャル感がたまらなかった。

 

1997年JAPAN SPECIAL GT CUP GT/RAYBRIG NSX

 ’97年からホンダが本格的にJGTCに参戦。タイヤも全車ブリヂストンに。

 長年連れ添った土屋圭市選手の代わりに飯田章選手を迎え入れ、レイブリックをメインスポンサーに参戦。

 

サイン帳にチー国としてお二人に寄せ書きして頂いた

 

1998年3月JGTC開幕前・鈴鹿テスト/RAYBRIG NSX

 

チーム国光のピット裏にきて国さん、飯田選手とお喋りするドリキンさん

ル・マンクラス優勝したチー国トリオがそろった! この3人時代はグレートだった

 

1998年7月JGTC富士戦前テスト/RAYBRIG NSX

 

チーム国光エアロを装着した愛車・ホンダS-MX

 エアロのデザインはムーンクラフトの由良拓也氏。チー国のエンブレムが随所に入っている。

 

テスト日に車をパドックまで持って行き、国さんにサインを入れて頂いた

 

元祖・チーム国光の高橋国光選手、土屋圭市選手、飯田章選手と由良拓也氏に左後ろ小窓にサインを入れて頂いた

 ドリキンさんは富士のJTCCテスト日に、飯田選手と由良さんにはFN鈴鹿テストの日にお願いした。

 よく「保護フィルムを貼ったら?」と言われたが、逆に「サインを入れたフィルムを貼り付けた」と思われるのが嫌でフィルムは貼らなかった。

 洗車するときも気を使っていたが、車を乗り換える頃には落ちてしまっていた。この写真が唯一の記念。

 

1999年インターナショナルポッカ1000km/RAYBRIG NSX

 JGTCメインで開催された鈴鹿1000㌔。第3ドライバーに土屋武士選手を迎え入れての参戦。

 ドルフィンにとっては現役で走る最後の国さんの姿になってしまった。

 

1999年全日本GT選手権・富士テスト

 レイブリックNSXは飯田章選手がテスト。国さんの走るところは見られなかった。

 

’99年シーズンをもって高橋国光選手が現役を退くことになった

 鈴鹿サーキットでの引退セレモニーは観に行く事ができなかったが、大阪の友人が写真を送ってくれた。

 

 1999年F1日本GPをもってドルフィンの第一期レース観戦は終了。

 幾多の要素があってモータースポーツ全般を絶つ事にした。気持ち的にはもうサーキットに行く事は無いだろうと思っていた。

 ―のだが…。

 

 

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