一生の思い出 1977年F1日本GP~ハント選手独走優勝 | CLUB24-にいよんー

一生の思い出 1977年F1日本GP~ハント選手独走優勝

 観戦したレースの中でも1、2を争うほど思いで深い富士スピードウェイで開催された1977年F1日本グランプリ

 前年開催のF1inJAPANによりちょっとしたF1ブームが起こった。漫画『赤いペガサス』やTVアニメ『アローエンブレム グランプリの鷹』は1977年シーズンのF1GPが舞台になっているため、一層記憶に強く残っている。

 

 F1inJAPANを観戦して「来年も絶対に行こう!」と決意していた。

 同じクラスにもレースファンが3人いて、その中の一人と一緒に観戦に行く事になった。彼は今でも親交があり、ドルフィンよりも2輪4輪両方とも詳しい。

 

 学校近くの自動車修理屋に取り扱いポスターが貼ってあったので、そこで前売り券を購入。当時一か月の小遣いが1,000円だったので1,500円はかなりの高額だった。前年の「子供は何人でも1組1,000円」からかなりの値上げだ。

 

’77F1日本GPプログラム 表1・表4

 当日、最寄りの国鉄駅で待ち合わせ-だったのだが、ドルフィンは痛恨の寝坊! 友人がお母さんと一緒に我が家まで迎えに来てくれたのだった。

 予定より遅れて出発。東海道線から御殿場線に乗り換えて御殿場駅に到着。

 前年が大渋滞でFISCOまで歩いた方が早かったので、この年も最初から歩いていくつもりだった。

 いざ歩き出してみると全然渋滞していなかった。交通事情は改善されていた。

 このままでは歩き損だ。考えた挙句、ヒッチハイクすることに。手を挙げて乗車をお願いする。

 止まってくれたのは家族4人乗っている車だった。既に4人も乗っているのに子供2人を乗せてFISCOまで行ってくれた。ありがたいことだ。

 

 仮設スタンドなど無く、コース脇は人・人・人で埋め尽くされていた。どこか観戦できる場所は無いかとほぼコース脇2/3周はした。スタート後に「第1コーナー奥」に行き、その後、最終コーナー進入部分にレスキュー車が停まっているスペースがあり、その脇の「金網の上」で観る事に決めて一旦メインスタンド裏に戻った。

 朝からよく歩いたものだ。

 決勝前にグリッドに全車着いたところで脚立を使っている方に「グリッドだけ撮らせてください」とお願いして写真撮影。

 人が多くてスタートシーンは観られなかった。

 小型ノカセットテープレコーダーを持って行って録音もしていた。レース後のハント選手の生インタビューまで録音していた。近年になってYouTubeに載せようと思ってカセットテープを探したのだが見当たらない。捨ててはいないはずだが、どこに行ってしまったのだろう?

 

決勝スターティンググリッド

 スタートまでに第1コーナーに行けなかったのでパスして地下トンネルを使ってS字方面に抜けた。もし、あのまま第1コーナーの奥まで行っていたら…。

 ヘアピンに到着した時には既にマリオ・アンドレッティ選手や高原敬武選手はリタイアしていた。

 

 最終コーナー進入の金網の登って“初めての流し撮り”でマシンを追っていた。

 レース終盤にピット裏まで移動するのだった。

 

優勝:ジェームス・ハント選手/マクラーレンM26

 当時から好きなドライバーだったハント選手。

 走行中に「手を振ってくれている」ように見えたが、実はヘルメット下に取り付けていた防火マフラー(この頃はみんなしていた)がなびいているだけだった(笑)。

 ポールスタートのマリオ・アンドレッティ選手がマルチクラッシュでリタイアし、独走態勢を築いて危なげなくチェッカー。

 

リタイア:ヨッヘン・マス選手/マクラーレンM26

 ↑このくらいで撮影しているものを、↓ここまでトリミングして掲載しています

 6年後に同じFISCOで開催されたWEC JAPANロスマンズ・ポルシェ956のドライバーとして出場。その際にお会いすることができて嬉しかった~。

 

3位パトリック・デパイユ選手/タイレルP34

 武骨な’76年型よりも、洗練された’77年型の方が好きだった。

 ただ一人表彰式に登壇した。

 

リタイア:クレイ・レガゾーニ選手/エンサインN177

 このマシンでチソット時計を知った。後にロータスにもスポンサードしたのでF1の時計=チソットのイメージが付いた。

 叔父貴が就職祝いにチソットの時計を下さった。

 後にエンサインをスポンサードするユニパーツとかもロゴが好き。

 

 目の前で白煙を吹いてリタイア。コースを渡り、レガゾーニ選手はマーシャルカーが待機している場所まで歩いて行った。

 

コース脇を歩くレガゾーニ選手

 

6位:リカルド・パトレーゼ選手/シャドウDN8

 同年第6戦にF1デビューしたルーキー。『赤いペガサス』でもペペ・ラセール選手とコインゲームする新人ドライバーとして登場。

 まさか、鈴鹿でF1が開催するまで現役でF1ドライバーでいるとは!

 ’88年日本GP後にお会いできたがサインは頂けなかった。

 

8位:ハンス=ヨアヒム・スタック選手/ブラバムBT45/アルファロメオ

 予選4番手という好位置からスタートした。

 19年後の’96年国際ツーリングカーレースITC鈴鹿オペル・チーム・ロズベルグのドライバーとして参戦。この時にお会いできた。その時も嬉しかった~。

 

 

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