韋駄天・ガードナー/サロン組 完全勝利 3回目の鈴鹿8耐観戦 1986年
本来の開催日なら鈴鹿8耐開催まで一か月というところだ。楽しみで眠れぬ日々が続いていたところだ。
そして例年なら6月に入れば鈴鹿8耐テストが行われ、観に行っていた。「いよいよ今年の夏が来た」と感じたものだ。
今年は11月1日が決勝日。事前テストは行われるのだろうか?
ワールドスーパーバイク組は来るのだろうか? いや、EWC参戦チームすら来ることができるのだろうか?
まだまだ先行き不透明だ。
3回目の観戦となった1986年の鈴鹿8時間耐久オートバイレース。
前年-’85年大会限りと思っていたケニー・ロバーツ選手の再挑戦。前年にも増してWGPラーダーが参戦するようになって盛り上がりを見せた。
毎年一緒に8耐観戦していた東京の友人が来られなくなった。
バイクブームを受けてサークルの友人が「行きたい」と志願したので、彼の車で観戦に出かけた。
宿泊できる❝車❞という基地ができた。逆に彼は鈴鹿初観戦となるのであまりムチャも出来なくなった。
決勝日朝のグランドスタンド席確保争奪戦だけは参加。選手紹介が成されるグランドスタンド中央前方と日陰になる最上段裏側を確保した。
金曜日から観戦に出たので、彼は決勝日にはもうバテバテで7時間30分日陰エリアから出てこなかった(笑)。
カセットコンロを持って行き湯は沸かせられたので、カップ麺やレトルト食品で夕食を済ますことができた。
帰りは直後の大渋滞を避けてしばらく仮眠して夜半に名古屋に向けて出発。
それでも渋滞していたので、道路マップを見て裏道を探して進んでいた。
ーところが裏道を選び過ぎてかなり細い道に入り込んでしまった。ガクン! とシートから強い衝撃が伝わって来た。降りて見てみると脱輪していた。車1台しか通れぬほど細い登り坂で。夜半なので人通りもない。ドルフィン一人では持ち上げられない。
万事休す。
明るくなるまでここで待たねばならぬか~ッ⁉ と観念した時、1台のバイクが後方からやってきた。そのライダーさんも一緒に持ち上げて下さったおかげで車は路上に復帰できた。本当に感謝しかない。
名四国道に出てしばらく、友人が睡魔に負けサービスエリアで朝まで仮眠して帰途についたのだった。
鈴鹿サーキットクィーンのお姉さま方❤
コスチュームはハイレグ水着風をベースに、タンクトップ+ホットパンツ、タンクトップ+スカートの3パターン。
キャンギャルの数も急上昇していった。
選手紹介は国別
フランス組にはヤマハTECH21のクリスチャン・サロン選手もいる
アメリカ組にはヨシムラ・スズキのケビン・シュワンツ選手も登場
日本は平忠彦選手、辻本聡選手、木下恵司選手
ポールポジションを獲得したガードナー/サロン組の選手宣誓
ガードナー選手は予選から速かった。前年ポール獲得のケニー・ロバーツ選手も及ばなかった。
優勝
ワイン・ガードナー選手/ホンダRVF750
ポールポジションからスタートし、ライバルたちを寄せ付けず圧倒的速さでゴールまで突き進んだ。
史上初の連覇で「ミスター8耐」と呼ばれるようになった。
ドミニク・サロン選手/ホンダRVF750
フランス・ホンダで世界耐久に参戦の傍ら、当時はWGP250ccクラスに参戦していた。
勝利のチェッカーフラッグを受けるガードナー選手
HRCのステッカー
ホンダ・ワークスは全車プロアーム化されたRVF750を使用。
世界耐久チーム
ジェラルド・コードレイ/パトリック・イゴア組/ロスマンズ・ホンダ・フランスRVF750
木下恵司/マルコム・キャンベル組/ホンダRVF750
















