何も無い日にサーキットに行ってみる 鈴鹿サーキットその2 F3時台の鈴木亜久里選手
学校の行楽会で初めて鈴鹿サーキットに行ってから2年後、再び行楽会で鈴鹿サーキットに行く事になった。この時は最上級生となり意見が通るようになったので各所に手を回しての実現だった。
映画『汚れた英雄』の公開間近ということもあって、一部でサーキット熱が盛り上がりつつあった事も後押しした。
入園ゲートを通ってすぐにあったホール(現在の広場か土産物屋がある辺り)にはレースカテゴリーの紹介でマシンが展示されていた。
ヨーロッパF2にエンジンサプライヤーとしてレース復帰し、1981年にジェフ・リース選手がチャンピオンを獲得したラルト ホンダ RH-6-81があった。
これには大興奮!
ヨーロッパで暴れまわり、生沢徹監督のi&iレーシングでようやく全日本F2にも登場した❝最新鋭❞のホンダエンジン搭載マシンを見る事ができたのだから。感覚として現在のF1展示よりも貴重だった。
いきなりテンションMAX!
ホンダRS1000
'81年世界耐久選手権・第5戦鈴鹿8時間耐久レース優勝車。
ライダーは当時は知らなかったが、後年『ふたり鷹』にも登場し、鈴鹿8耐でも観る事になるデビッド・アルダナ選手とマイク・ボールドウィン選手だった。
パドックに行くと、マツダRX-7のシルエットフォーミュラ風マシンが停めてあった。
すでに走行は終了していた様子。
マーシャルカーは当時出たばかりのホンダ・シティ。
そして後に大物ドライバーとなる選手を初めてお見かけする。
この方↓
F3のハヤシ220Pをドライブしていたのは鈴木亜久里選手だった。
亜久里選手はカート時代からTVや雑誌にも取り上げられていたので有名だった。
その後、歩いてコース脇を1周しようと出発した。
FJ1600やFL500が走行していた。
まだ2コーナースタンドが無い頃の1-2コーナー
S字を過ぎた所でトライアルの実技講習が行われていた。
現在のS字トンネルを抜けてトイレがある辺り↓。
逆バンクを通りダンロップ下を過ぎた辺りから道が細くなっていき、それでも進むとブッシュになって行った。
今さら後戻りする気も無く「いずれ道に出るだろう」と金網伝いに進んで行った。
デグナーに向かう短いストレート
突き進んでいったはいいものの遂には歩けなくなり、困ってデグナーにあるマーシャルのコーナーポストに出た。
ここにはマーシャルの方はおられなかったので、走行が終わるまでここで見ている異にした。
デグナーのコーナーポストから撮影
ここから撮影することなど二度と無いだろう。
走行時間が終わると、マーシャルカーが巡回に走ってきたので手を振って助けて頂いた。
「コース脇を歩いて来たら道が無くなって迷いました」と。この場所まで来るはるか先で道など無くなっていたのだが。
そうしてマーシャルカーに乗せてもらい立体交差下を通り、ヘアピン、スプーン、バックストレート…とコースを半周走ってパドックに戻って来たのだった。
これはこれで貴重な体験だった。











