蘇ったヒーロー片山敬済 全日本ロードレース最終戦・MFJ-GP/レジェンドライダーレース
今年の全日本ロードレース最終戦・MFJ-GPはMFJ-GP50回記念大会。
国内4メーカーを代表するレジェンドライダーをゲストに「MFJグランプリ 50th Anniversaryデモンストレーションレース~往年の走りが蘇る~」が開催された。
イベントが発表されて以降、鈴鹿サーキットHPで徐々に参加メンバーの名前が増えていった。
ある日チェックすると「片山敬済」氏の名前が掲載された。
片山氏は1977年350ccクラス世界チャンピオン。日本出身選手として初の世界チャンピオンだ。
ドルフィンがロードレースに興味を持つようになった時にはチャンピオンを獲得した後で、500ccクラスに参戦していた憧れのヒーローの一人だった。
鈴鹿サーキット50周年のような大きなイベントですら登場せず、1度も❝生❞で見たことが無いレジェンドだったので、今回「なんとかお会い出来ないものか」とワクワクしていた。
’86年MFJ-GPのTV解説での「嘘つきフレディー」発言は有名だ。(先日にブログ掲載した「スペンサーの思い出」はこのための伏線でした)
金曜日の夕方にマシンチェックに集まったレジェンドライダーは何名かいたが、片山氏の姿は無かった。
土曜日の午後にはデモレースに参加されるレジェンドが集まっていた❝感じ❞だったので、J-GP2予選を棒に振って片山氏が現れるのを待っていた。
ようやくレジェンドがそろってマシンチェックのために姿を現した。その中に片山氏の姿もあった。
「重ねた歳と体形の変化」で、全く分からない方も多々おられたが、片山氏はフログに写真を掲載されていたので❝顔認識能力が低い❞ドルフィンでも確認できた。
初めてお会いした片山敬済氏
サインを頂くために用意したのはコレ↓
映画『蘇るヒーロー片山敬済』パンフレット
片山氏の参加がHP掲載されたのを見て、会える可能性云々を別にしてすぐにパンフレットを探した。
大阪に引っ越す時にほとんどの映画パンフを処分したが、原田知世さんの『時をかける少女』と、このパンフだけは残しておいたのだった。
公開当時、隣市にある映画館まで友人とバイク2台飛ばして観に行った。
『蘇るヒーロー片山敬済』は世界チャンピオン、バリー・シーン選手が主演した『ザ・ライダー』と併映。パンフも両面扉になっている。
メインの『ザ・ライダー』はフィクション・ドラマであまり面白くなかったが、逆にドキュメントの『蘇る—』は面白かった。
アニメ『ふたり鷹』のオープニングで使用されている実写のクラッシュシーンは『ザ・ライダー』の一場面だ。
扉を開いた一面アップの写真に片山敬済氏にサインを入れて頂いた
「子供の頃から憧れでした」と伝えると、喜んで下さり握手の手を伸ばして下さった。感激~!
気難しい方かな? とアプローチするのに恐々だったが、ファンには親切だった。
今回最大のミッション、クリア!
デモレース練習走行で初めて生で目にした片山氏の走り。
ショウエイのヘルメットも当時のデザインを再現。
コース上での記念撮影の時の片山氏。後ろはTT-F1チャンピオンの宮崎祥司氏






