タイレル001&012 F1の帰り支度 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン | CLUB24-にいよんー

タイレル001&012 F1の帰り支度 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン

 鈴鹿サウンド・オブ・エンジン「Masters Historic Formula 1」には年代が異なるタイレルのマシンが2台やってきて走行・デモレースを行った。

 せっかくならもう1台、6輪タイレルP34が走って欲しいところだった。

 

タイレル001 1970年

 マーチを使ってF1に参戦していたタイレル・レーシングだが、マシンの性能に納得がいかず自前のシャシーを開発した。

 ジャッキー・スチュワート選手のドライブで公式戦デビューでいきなりポールポジションを獲得したものの、レースではリタイアに終わった。

 ’70年は全3戦全てリタイア。’71年開幕戦で2位を獲得し、後継機003へとスイッチした。

 両端のフラップ部分だけ調整角がある一枚フロントウイング。マシン正面から見るとダイナミックなフォルムだ。

 ウイングの下にラジエーターが置かれている。

 逆にリアウイングはかなり急角度でマウントされている。

 オーナードライバーはマスターズに参戦していてタイレルコレクターとして有名らしい。他にどのようなマシンを所有しているか知りたいところだ。来年、P34も走らせてくれると嬉しいな。

 

横から見たら…ハイノーズ!?

 

タイレル012 1983年

 ウイングカーからフラットボトムにレギュレーションが変更した’83年のマシン。この年はフラットボトム規定をどうマシンに反映するかチームによって様々だった。

 タイレルのようにサイドポンツーンをバッサリと削り落とすチームも少なくなかった。

 シーズン後半にミケーレ・アルボレート車が投入され、’84年、’85年と3年に渡り使用・追加製造された。

 サウンド・オブ・エンジンにやってきたのはアルボレート選手が6位入賞したマシン。

 ’82年シーズンからベネトンがメインスポンサーとなった。ベネトンのブランド「012」とマシン名が一緒で、当時は「❝タコ❞みたいなベネトンって何?」「012ってマシン名? スポンサー名?」と混乱した。

 新しいスポンサーを開拓するも、すぐに喧嘩別れして他チームに取られてしまうのがタイレル。

 ベネトンは以後、アルファロメオ、トールマンを経てトールマンを買収してベネトン・フォーミュラになった。

 土曜日のグリッドウォークは雨上がりということもあって、012のコクピットにはビニール傘が置かれていた。チョット見るとコクピットを覆う❝透明の❞風防のようで何となくカッコイイ

 スリムでボディ側面から当てられたらドライバー即アウト!―の怖いマシン。

 日本でF1が開催されていなかった時代―雑誌でしか知らなかったマシンがこうして走っているところを観ることができて嬉しい。

 

 「Masters Historic Formula 1」のマシン達は日曜日の出番が終わるとヨーロッパに帰る渡航準備を始めていた。

 パドック駐車場に置かれていた数個のコンテナ。これにマシンと機材一式が詰め込まれるみたいだ。こんな様子を見るのは初めてで興味津々。

 本式のF1サーカスと違い機材も少ない。

 フロントウイングやリアウイングもマシンに取り付けたままコンテナにIN。

 コクピットにはオーナーさんの荷物も詰められていた。レーシングスーツは手荷物にしてすぐ洗いますよね? ね?

 1個のコンテナには二段ベッドのようにマシンが2台積まれる。コンテナ1個がトランスポーター2台分?

 各地を転戦しているシリーズだけあって手際が良い。

 ランボルギーニ・トロフェオ・アジアの時に見たパドック・テントの裏に置かれたコンテナの中もこんな感じなのだろう。

 トロフェオ・レースのようにタイヤは供給されるのではなく、「マスターズ」は個々のマシンに合わせたサイズのもの。マシンと一緒に積まれてゆくのだ。

 また来年、来てね。

 


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