日本レース界のレジェンドが走る サウンド・オブ・エンジン ゲスト3名+1名

鈴鹿Sound of ENGINE今年のテーマのひとつ「'60年代プロトタイプ レーシングマシン~日本のモータースポーツの原点~」。
鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリと第3回日本グランプリを戦ったマシンと伝説のドライバーをゲストに迎え、日本のモータースポーツ原点を振り返る。
現在のマシンに比べると性能や安全性がかなり劣るが、運転技術を駆使して走らせていたんだなぁと感じる。
スカイラインGTやR380など展示されている状態では見たことはあっても実際に走っているのを見たのは初めて。しかもオリジナルのドライバーで! NAのトヨタ7は見ることすら初めてかも。
高齢になられてもレーシングカーをサーキット走行させられるとは凄い。さすがはレジェンド・ドライバーたち。
スカイラインGT 1964年/砂子義一氏
初めて車両を見たのは10年前のトミカ博。
ブルーの車体がとても綺麗で、会場でスカイラインGTのトミカを買ってしまったほっだ。
その次は日産ヘリテージコレクションでだった。
2輪ライダーを経て第2回日本グランプリにスカイラインGTで4輪デビュー。ニッサン&プリンスのワークスドライバーとして活躍。
砂子智彦塾長のパパ。
土曜日の走行写真にサインを頂けるように、動画撮影中に静止画撮影(パソコンが無いと動画から静止画抜き取りできないため)。
日曜日に写真にサインをお願いすると―
「あれ? これは昨日の写真?」と砂子氏。
すると傍にいたスタッフが「今は写真できるの早いんですよ」と。
土曜日の朝サイン帳にもサインを頂いたのだが、この時は控室に招き入れて頂いてサインをして下さった。感激モノです。
プリンスR380 1966年/北野元氏
名古屋ノスタルジックカーショーの企画「桜井眞一郎の世界展」で初めて見た。
その次は日産ヘリテージコレクション。
ポルシェを倒すために造られた日本初のプロトタイプ・レーシングカー。第3回日本グランプリで優勝した。
2輪ホンダ・ワークスライダーとして世界GPやマン島TTに参戦。
4輪転向後、日産ワークス入りしてR381で’68年日本グランプリで優勝。
Gr.Aツーリングカーに星野一義選手と組んでスカイラインGTS-Rで参戦していた。
北野元氏がゲストに来られると知って、ドルフィンが持っている唯一の現役写真を用意した。
スーパーシルエットに代わり1984年富士GCのサポートレースとして始まったJSSにインパルから参戦した時の写真だ。
サインを書いて下さっている時に勢い余って写真の台紙にしていたサイン帳にまではみ出てしまった。
土曜日のR380走行写真にサインを頂いた。
トヨタ7 1968年~70年/鮒子田寛氏
V83000ccエンジンを搭載したGr.7マシン。その後、5000cc、ターボとハイパワー化された。
車両開発・製造はトヨタと協力関係にあったヤマハが行った。
オープンシートでもGCとは異なった雰囲気のGr.7マシン。加えて大排気量の爆音が凄い。
こんなマシンがレースをしていたのだから、当時のファンはたまらなかっただろうな。
トヨタ・ワークスのドライバーとしてトヨタ2000GTでの世界記録樹立や日本グランプリ、日本カンナムに出場。
マキ/フォードでF1GPに参戦。予選落ちこそしたものの日本人初のF1ドライバーとなった。
マキF1もレストアされているのだから一緒に走らせてもらいたかった。
また、日本人で初のル・マン24時間参戦ドライバーでもある。
鮒子田選手といえばこのヘルメット!
ドルフィンはこのヘルメットで富士GCに出場している印象が強い。
土曜日のトヨタ7走行写真にサインを頂いた。
以上のレジェンド3名はSound of ENGINEのゲストだが、もう1名、レジェンドがプライベートで走っていた。
その方は「黒い稲妻」桑島正美氏だ!
タキ・レーシング ローラT70MkⅢ 1968年
トヨタとニッサンのワークス対決に割って入ったプライベーターのタキ・レーシング。「TNT対決」と呼ばれるようになった。
ローラT70は多くのプライベーターに販売され、世界のレースで活躍した名車。
激戦区イギリスF3で優勝、ヨーロッパF2では最高4位を獲得した。
F1inJAPANの練習日に走ったウイリアムズは1/43ミニカーにもなっている。
土曜日の走行後に場内アナウンスで桑島氏がドライブしていた事を知った。そのため走行を静止画撮影しておらず写真にサインを頂く事は叶わなかった。
ゲストのレジェンド3名にサインを頂いた後、大トリで桑島選手にサインを頂いてサイン帳が終了した。
桑島選手に「40年ぶりにサインを頂きました」と伝えると
「40年ぶり! そんな歳に見えないけど…」と感激(?)された感じ
「こう見えても○歳なんですよ。F2時代に頂きました」とドルフィン。
「そうなんだ。一緒に写真撮ろう!」―という展開で一緒に写真を撮らせて頂きました。
'78年JAF GPで頂いた桑島選手のサイン
JAF GPを走る黒い稲妻(左)
星野選手、長谷見選手もやってきて桑島選手と記念撮影
全日本F2選手権を築いた一時代が集結した!
’78年F2・JAF GPを観戦したが、そのレースは他にも生沢徹選手、高橋国光選手、中嶋悟選手も走っていたのだ。




















