柳田真孝選手と最後のGr.Cカー、ニッサンNP35 鈴鹿Sound of ENGINE | CLUB24-にいよんー

柳田真孝選手と最後のGr.Cカー、ニッサンNP35 鈴鹿Sound of ENGINE

 Gr.Cエンジンのレギュレーションが1991年から自然吸気3.5ℓメインに移行さた。ニッサンが使用するターボ・エンジンではハンデが大きすぎるために開発された3.5ℓV12エンジンと専用シャシーのニッサンNP35

 ’92年JSPC最終戦にテスト参戦したものの、世界スポーツカー選手権と全日本戦がともに消滅したために、実践は僅か1戦のみで終わった不遇にして最後のGr.Cカー。

 スタイルは当時の最速Cカー、ジャガーXJR-14に似ている。

 エンジン規定が’91年から変更されることは前々から分かっていたので、日産でも内々の内に開発がおこなわれていた。

 実のところドルフィンは’91年に日産エンジン開発責任者の林義正先生(現・東海大学工学部教授)にお会いする機会があった。その時、日産のスタッフが席を外した隙に“コッソリ”と開発中のV12エンジンの写真を見せて頂いたことがある。

 まるで仕事中に生まれたばかりの我が子の写真を見せたい親ごさんのようで「本当にエンジンが好きなんだなぁ」と強く印象に残っている。

渦巻き状の水煙を上げて疾走するNP35

 

 たった1戦のみの実戦で、その後はニスモフェスティバル等で走行しているNP35。

 実車は日産ヘリテージコレクションで見たものの走行している姿を目にするのは初めて。

 柳田真孝選手がドライブスルNP35のエンジン・サウンドを聞くと「これが“あの時”のエンジンが進化した音かぁ」と感慨深いものがあった。

 

 デモレースで完成されたCカーである星野選手のR92CPとバトルしている雄姿を見ると「開発が進んでいたらジャガーすら凌駕するマシンになって、ル・マンでも好成績をあげられたんだろうな」と思わずにはいられない。

土曜日のデモレース終了ラップにはファンに手を振って応えて下さった

 

 柳田選手にはスーパーGTでチャンピオンを獲得した2クラスの写真にサインを入れて頂いた。

 「この時のゼッケンは…」と、しっかりマシンのゼッケンに合わせて数字を書き込んで下さった。その心遣いが嬉しい!

 

HASEMI TOMICA Z 2010年

 星野一樹選手とのコンビでシリーズチャンピオン。ゼッケン「3」。

 ドルフィンはこの年からデジカメ一眼+スチールカメラで使用していた望遠で撮影するようになった。

 

S Road REITO MOLA GT-R  2012年

 ロニー・クインタレッリ選手とのコンビでGT500クラス連覇。ゼッケン「1」

 

ニッサンNP35 1992年

 土曜日の走行写真。ゼッケン「23」。

 

 星野選手がトークショーで「上下関係厳しいからねぇ。今日も日産の先輩方(砂子氏、北野氏)の送り迎えしてるよ」と話されていた。

 当然のように一番若い柳田選手はそれ以上の気配り様が見てとれた。あれだけの大御所に交じって若い者が一人だけって結構辛いものがありそうだ。

 

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