「太陽の塔内」覧会に応募した
「太陽の塔内部再生」前 最後の内覧会参加者を募集していると聞いたのは9月に入ってからだった。
完全に歳バレなのだがドルフィンは大阪万博に行った世代である。静岡から両親・叔父叔母と一泊二日の旅だった。
1ドル360円で日本にとって世界が遠かった時代なので、世界を体験できる事が人気を博したのではないかと思う。
―記憶も断片なのだがアメリカ館で月の石を見る時、人が多すぎて子供にとっては見るのが難しかった。その時に見知らぬ外国のおじさんがドルフィンを抱っこして月の石を見せてくれた。生まれて初めて外国の方と触れ合った出来事だ。
ロボット館を楽しみにしていたのだが、子供の意見は却下されて見られなかった。
だが、この時のロボット達は時を超えて愛知万博で会うことができた。感激したなぁ。トヨタのロボットよりも感激した。
手塚治虫先生がデザインした大阪万博のロボットたち
長い順番待ちの末、太陽の塔には夕方頃に入れた。エスカレーターで上がって行ったように記憶していたが、現在は取り払われたのか階段だけになっているそうだ。
塔の腕(?)部分から当時あった空中回廊に出た時は既に空は暗くなっていて綺麗な夜景が脳裏に焼き付いている―。
公募開始から1カ月経過していたが、太陽の塔に入りたいと9月半ばから半月の間毎日ハガキを2通ずつ送り続けた。年賀はがきが余っていたのでちょうど良かった。
―のだが、結果は落選。万博公園公式HPによる応募数から80倍の競争率だったと判明! 公募開始から毎日2通ずつ出してようやく1通当選するくらいの確率だったかぁ~。
覚悟していたが、これほどの倍率になるとは!! クジ運が悪いドルフィン夫婦では無理だったか。
内覧会はスーパーフォーミュラ最終戦開催日。スーパーフォーミュラよりも太陽の塔が大事とせっせとハガキを応募したのだが。
当日は家でのんびりして翌週の全日本ロードレース最終戦に体力温存しておこう。
見られなかった太陽の塔の代わりに「コップのフチの太陽の塔」を眺めながら…。


