激戦の全日本F3000に斬り込んだミハエル・シューマッハ/ラルトRT23無限
1991年の全日本F3000は激しかった。
バブル絶頂期でF1ブームということもあり、全日本F3000も超進化を遂げていた。
シャシーはローラ、レーナード、ラルト、レイトンハウス(マーチ)、童夢と5社あり、その新型・旧型があった。エンジンは無限、コスワースの2社でチューナーが分かれていた。タイヤはブリヂストン、ダンロップ、ヨコハマの3社。
シャシー+エンジン+チューナー+タイヤの組み合わせが複雑でほとんどチーム独自のマシンになっていてF1にも引けを取らなかった。
参加台数も多く予選落ちが出るほど。日曜日にはマシンとキャンギャルしかいないピットもあった。
この頃を知っていると現代スーパーフォーミュラのワンメイクシャシー&タイヤにエンジン2社というのは物足りない。フォーミュラニッポン~スーパーフォーミュラがいまひとつ盛り上がらないのはその辺りもあると思う。
激戦の全日本F3000に突然参戦したのがミハエル・シューマッハ選手だった。
シューマッハ選手は前年のマカオF3とインター富士F3を連覇し、メルセデス・ジュニアチームとしてWSPCシリーズにザウバーのGr.Cカーで参戦していて「F1ステップアップは確実」と言われていた。
国際F3000よりもはるかに難しいと言われた全日本に「経験のために」と参戦したそうだ。
本来は数戦は日本で走る予定だったが、使用するラルトの戦闘力があまりにも低いためメルセデス側がシューマッハ選手の経歴に傷が付くのを恐れてキャンセルさせたとの噂もあった。
確かにこの年の主軸シャシーはローラ91で、ラルトの戦闘力はアップデートパーツを取り付けても到底上位争いはできるものではなかった。
だが、シューマッハ選手はやった。
初めてのマシン、初めてのコースで予選4番手。決勝でも2番手争いに夢中になっていた先行2台を1コーナー(だったかな?)で一気に抜くテクニック。「こういうヤツがF1でチャンピオン獲るんだろうな」と感心した。そしてシューマッハが好きになった。
この時のミハエル・シューマッハ選手ラルトRT23/無限がミニチャンプス1/43ミニカーで発売された。
ラルト/ホンダでさえまだミニカー化されていないのに’91年のマシンなど、シューマッハ選手が乗っていなければミニカー化されることは永遠に無かったことだろう。
深紅のボディに白文字。ブルーの前後ウイング。「WEST」ロゴには金の影が入っている。
他車に比べて細身のラルトが良く再現されている。もう実車は残っていないだろうに、写真等でここまで作り上げているのだろうか?
シューマッハ選手のフィギャが乗っている。ヘルメットはち密だが、ボディと腕の付け根はロボットっぽくてゲンナリ。
台座には車名や菅生戦の日にちも入っている。
次はミハエル・シューマッハ選手のF3、カワイスチール・レイナードF903/VWの発売か?
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