ホンダの目論みを打ち砕いたフェラーリF187ベルガー車 Sound of ENGINE

長かった空白期間―富士の'77F1日本GPから10年。1987年最終戦として鈴鹿サーキットでF1が開催された。
フジTVの全戦放送と中嶋悟選手のフル参戦でF1人気は急上昇。長年F1の日本開催を待っていたのにもかかわらずチケット獲得は困難を極めた。
往復はがきによる応募は知り合いに手伝ってもらって30通近く投函。それでも1通当選。しかも指定は全滅で一般観戦席のみという散々なものだった。
当時は名古屋市に住んでいたので、木曜日の完熟走行日から毎日バイクで往復して観戦に出かけた。
あの時の感激はもう感じることはできないだろう。

パーツ分解した展示用のF187。走行車と2台が来ていたことになる
'87年のタイトル争いはホンダエンジンを使うウイリアムズのネルソン・ピケット選手とナイジェル・マンセル選手によって鈴鹿決着となった。
ホンダとしては本拠地・鈴鹿でウイリアムズのどちらかが優勝してチャンピオン獲得―という盛り上がりを目論んでいた事だろう。
ところが予選で歯車が狂った。
マンセル選手の自滅により決勝前日にワールドチャンピオンが決定。
チャンプ決定の気の緩みか、マンセル選手のクラッシュによる動揺か、ホンダエンジン・ユーザーはポールポジションどころかセカンドロウにすら並べなかった。
決勝もフェラーリのゲルハルト・ベルガー選手がライバル企業の地で独走優勝を決めてしまった。
フェラーリF187ベルガー車が記念すべき第一回・鈴鹿F1の優勝マシンとなった。
ホンダにとってはこの苦々しい思い出のマシンをSUZUKA Sound of ENGINE2015の「Featuring Machine」と早々に決定した。

元F1ドライバー中野信治選手がドライブ
SUZUKA Sound of ENGINE2015でフェラーリF187とホンダRA301をドライブするのはF1、インディ、ル・マンに日本人で唯一参戦した中野信治選手。
ホンダ以外のF1ターボ・エンジンのサウンドを聴くのは久しぶりだ。マシンの調子も良さそうだった。
土曜日のレジェンドF1デモレースでは予選最後尾スタート(恐らくプロ・ドライバーなので)ながらバシバシ追い上げて2位フィニッシュ。

F187と中野信治選手
現在の衝突安全性が高いマシン・レギュレーションでは決して見ることができない“異様に前方にあるコクピット”。
その後ろには燃料バカ食いのターボエンジンのための燃料タンクが置かれる。

ファン感謝デーで中野選手がドライブしたF2003GAの写真にサインを頂いた
中野選手はホンダRA301もドライブするので、ケビン・シュワンツ選手と同様に出番が多く多忙なスケジュール。姿を見せる機会が多かった。
土曜日の朝一番にミハエル・シューマッハ選手がチャンピオンを獲得したフェラーリF2003GAを2012年鈴鹿ファン感謝デーでドライブした時の写真にサインを頂いた。ありがとうございます。

日曜日は飯田章選手がF187をドライブ
日曜日のレジェンドF1デモレースでは最後尾スタートながら2位フィニッシュ。
“壊したらいけないヒストリックマシン”に乗りながら、さすがはプロドライバーである。
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