「蘇るサーキットの狼」で展示して欲しい車No4 マセラッティ・ボラ~池沢センセとの思い出
鈴鹿1000㌔「蘇るサーキットの狼たち」で展示して欲しい車No4
マセラッティ・ボラ

「意外とフツーのスーパーカーじゃないの?」と思われるかもしれないが、ドルフィンはマセラッティ・ボラを1回くらしか見たことがないのだ。写真も残っていない。
近年になってからのノスタルジックカー・ショーをはじめとするスーパーカーイベントやクラシックカー・ラリーでマセラッティ車自体が出てくることが無いのだ。
今となっては珍しい車なのだ。
劇中では準レギュラーの切替テツが乗っている。
マセラッティ・メラク

ボラがダメならメラクでも良い。いや、ドルフィンはメラクの方が好きだ。
リアのアーチ状になったピラーが印象的。
なによりメラクを初めて見たのは池沢さとしセンセと初めて会った時なのだ。
子どもの頃から何もイベントが無くても富士スピードウェイに遊びに行っていた。何かレーシングカーがスポーツ走行していれば儲けモン―的な具合で。
その日の御殿場は雪が降った後で サーキットは走行できない状態だった。
ドルフィンと友人は雪が積もったサーキットを歩いて1周した。バンクコースをたどったので6㌔も歩いたことになる。
パドックに戻ってきた時に3台のスーパーカーがやってきた。スーパーカー・ショーでしか見たことが無かったマシンが実際に走ってきたのだから興奮した。
追いかけると3台を並べて記念撮影していたようだ。
その中の一人を見ると『サーキットの狼』作者の池沢さとしセンセだったのだ(当時のジャンプで「先生」を「センセ」と表記していた)。
今思えば子供らしくストレートに「池沢先生ですか!?」と行けばよかったものの、シャイなガキだったので「雑誌とかで写真が乗ってる方ですよね?」なんて遠まわしに言ったように記憶している。
池沢センセは「そんなこともあるねぇ」と笑っていた。

メラクSS、512BB、ロータス・ヨーロッパSP
サインをもらう紙も無く、慌てて写真を撮ったので手ブレしてしまう始末。
そうこうしているうちに3台は走り去ってしまったのだった。
この時もらいそこねた池沢センセのサイン。20年後にセンセがJGTCに参戦した時のピットウォークで頂くことになる。
池沢さとし選手(左)と和田孝夫選手(右)

