今でも君の心にすんでいますか?―タイレル020/ホンダ中嶋車 京商ティレルF1
BGMは矢作渉さんの「約束」で―
あの日、鈴鹿の空気はいつもと異なっていた。1991年のF1日本GP―。
誰しもご贔屓のドライバーがいて勝利して欲しいと応援する。
だがこの日は“3つある”「表彰台の1つに中嶋悟選手が上って欲しい」と誰もが思っていた。いや、サーキットに集まった人達だけではなく、時間差はあってもTVの前で観戦する多くの人達が願っていたハズだ。
気持ちの高揚だけではなく、観戦する人々の“気持ちの一体感”が満ち満ちていた1日だった。レース展開や結果での気持ちの揺れではなく、今まで体験したことが無い雰囲気に「感動」したとも言える。
引退直後のタイレル020。当時のピレリタイヤ履いてるでしょ?
ホンダのバックアップで日本人初のF1レギュラードライバーとなった中嶋悟選手。日本にF1を定着させたパイオニアが引退を決意した時、表彰台に立てるようにとホンダが再びエンジンを供給した。
リタイアは多かったもののバランスに長けて素性が良いタイレル019に、マクラーレンで使用して熟成されたホンダの自然吸気V10エンジンが載せられることになったのだ。ファンはそれだけで「優勝も可能!」と期待したものだった。
中嶋選手の最後のF1マシンとなったタイレル020/ホンダはシーズン開幕戦で5位入賞。チームメイトのステファノ・モデナ選手が4位と、幸先の良いスタートとなった。
これで「大きな期待をするな」というのはムリというもの。
今でも思い出す―雨のサンマリノGPではフォーメーションラップでアラン・プロスト選手がスピンしてリタイア。上位陣が崩れた。しかも中嶋選手は雨に強いときている。「千載一遇のチャンス!」と期待が高まった。
―ところがレース序盤にメカニカルトラブルでリタイア。1位・2位は順当にマクラーレン勢だが、3位以下は下位チーム勢という波乱のレース展開だっただけに惜しいとしか言いようがない。
その後もモデナ選手が2位表彰台に立ち「次は中嶋選手」と思わされたが、なかなか良い結果が出せずにいた。なんとなく2012年のザウバー・チームにいた小林可夢偉選手も日本GPまではそんな感じだった。
BGMは矢作渉さん「静かなる朝」で―
京商1/64「ティレルF1」ミニカーは魅力的なラインナップだ。1車種1台だけ欲しいが、2カー体制のどちらが出てもOKなほどドライバーも好きなメンバーだった。
しかし、ことタイレル020/ホンダに関しては中嶋車でなくてはならない。日本人的感覚で言えば「このマシンは中嶋選手のためのマシン」だったからだ。だからこそ中嶋車を引き当てた時には安堵の気持ちでいっぱいだった。
自分が引いた後のケースには中嶋車や右京車が残っていないので後から買いに来た方には悪いが、希望車を引き当てるためにダッシュで買いに行ったのだからそこは勘弁して頂きたい。
ホワイト&ガンメタリックのボディ。メタリックの粒子が大きくて実車の感じとチョット異なるが、ONIX1/43ミニカーでも似た塗料だったので「ミニカー用塗料はこんな感じになるのかな?」と思う。もっと価格の高いミニカーではどのような感じだったのだろう?
中嶋車のリアウイングには識別用に黄色ラインが入っている。
リアウイング後ろ側にあるブラウンのロゴは省略されていて「欲しい人は後から自分でデカールを買って貼りなさい」状態だ。
元々“スポンサーロゴが少ないマシン”なので、ミニカーになっても省略されているロゴは“見え難い部分”だけだ。
引退直後はドライブされることが多かったタイレル020/ホンダだが、近年は展示されるものの走る事が無くなった。何か理由があるのだろうが、ファン感謝デー等で中嶋監督にドライブして頂きたいマシンだ。
タイレル020/ホンダのミニカーには日本人モータースポーツファンの熱い思いを蘇らせてくれる力がある。
あの時の感動「今でも君の心にすんでいますか?」




