攻めるレースをした記憶しかない タイレル024/ヤマハ片山右京車 京商ティレルF1 | CLUB24-にいよんー

攻めるレースをした記憶しかない タイレル024/ヤマハ片山右京車 京商ティレルF1

 タイレルに在籍して4年。片山右京選手は前年にも増して1996年は苦しいシーズンとなった。

 8連続リタイアにシーズン「0」ポイント。後半戦は完走率が上がったが、最終戦・日本GPでは完走できなかった。


 後々思い起こすと右京選手の5年に及ぶF1挑戦で’94年しかポイント獲得できていなかったとは到底思えない。もっと入賞していたのではないかと公式記録を勘ぐってしまう。

 それほど攻めるレースをしていたのだろう。

 ’94年にタイレルで2位走行したことからF1ドライバーとして技術的にはトップレベルである事を示し「表彰台、いや、好機に恵まれれば優勝も可能では?」と期待した。

 その腕を十二分に発揮できなかったのが残念だ。


写真に右京選手のサインを入れて頂いた


スタート前のドライバーズパレードで


 京商1/64「ティレルF1」ミニカーにラインナップされたタイレル024/ヤマハは片山右京車をチョイスした。

 ポイントを獲得したミカ・サロ選手のマシンでも悪くは無かったが、やはり右京選手のマシンが欲しかった。


 実車ではスポンサーが少なくて白車体ではあったが、それでもコリアン・エアやモトローラがスポンサーに付いているた。しかし、一番“色味”があるマイルド○ブンの色が自主規制で消されているので、一層“白く”てノッペリとした仕上がりになっている。せめてブルーとライトブルーの二色は、日本GPでそうであったようにインダクションポッドまで塗装して欲しかった。

 タバコ・デカールを貼って日本GP仕様っぽくしようとしても、コリアン・エアやモトローラのロゴの位置が異なるため、一旦剥がさなくてはならずかなり大がかりになってしまう。

 京商ミニカーは初期型だろうか? フロントサスペンションに“カバー”が取り付けてあって翼のように見える。実車では空力効果を狙ったのだろうが想定したほどの効果が無かったようで、日本GPの時には既に取り外されて無かった。

 ウイングカー時代のアロウズA2のようにサス・カバーが付いた珍しい形状と言える。―が、ドルフィンの好きな「変わりF1」と言うにはインパクトが薄すぎる


 「タイレルF1」シリーズ中唯一の“吊り下げ式”フロントウイングのミニカー。吊り下げ支柱を薄く作ろうとしているのが分かる。

 だが、ウイングとの接続部分に「瞬間接着剤が乾いたような白っぽさ」が出てしまっている。

 1996年の日本GPは最終戦だったので、決勝日の早朝に各チーム記念撮影を行っていた。最終戦のお楽しみでもある。

 チーム・タイレルにはヤマハの日本人スタッフの姿も多く見られた。

 このレースを最後に右京選手とヤマハはタイレルを離脱するのだった。



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