6輪F1最後の公式レースで3位獲得したデパイユ選手の'77年型 タイレルP34  | CLUB24-にいよんー

6輪F1最後の公式レースで3位獲得したデパイユ選手の'77年型 タイレルP34 

 センセーショナルを巻き起こした6輪のF1も僅か2年と短命だった。タイヤ開発が遅れて6輪のメリットが生かせなかったらしい。

 しかし、水面下ではウイングカー時代に向かっていた。

 ’77年F1最終戦・日本GPがelfタイレルP34最後のレースとなった。


 ゼッケン「3」のロニー・ピーターソン選手はレース序盤にフェラーリのジル・ビルヌーヴ選手とのクラッシュによりリタイア。

 パトリック・デパイユ選手のゼッケン「4」を付けるタイレルP34は、多重クラッシュが多かったレースを走りきり3位フィニッシュ。6輪マシンの勇退に華を添える形になった。

'77年F1日本GPで3位表彰台・デパイユ選手のタイレルP34


 '77年型P34は、6輪によって空気抵抗を少なくした効果を生かすために、マシン後部までフルカウリングされていた。

 当時のフォーミュラカーはほとんどエンジンが露出して、車体後部はメカが露出していた。 整備上の問題なのか、費用の問題なのか分からないが「『空気の流れが大切』であるはずのレーシングカーが空気が乱れそうなメカ露出でいいのか?」と、ガキだったドルフィンでもそう思っていた。

 フォーミュラの最高峰であるF1でさえフルカウルになっていたのはフェラーリくらいだろうか。ウイングカーのロータス78でさえも後部は露出だった。

 そんな中で'77年型P34のフルカウルは6輪と併せて“未来的”スタイルだった。


 ゴチャっとした感じの'76年型に比べスマートな感じになり、カラーも白が入って爽やかさが出た。

 ドルフィンは'77年型の方が好きだ。




背景はピーターソン選手のタイレルP34日本GP仕様。これで’77年チーム・タイレル完成

 京商1/64ミニカー「ティレルF1」の'77年型タイレルP34はゼッケン「4」デパイユ車を選んだ。

 ゼッケン「3」ピーターソン車・日本GP仕様をレーヴコレクション1/43ミニカーを持っているのからだ。


 日本GP仕様車はフロントがワイドトレッドになっていて、スポーツカーノーズの幅からはみ出てしまっている。しかし、京商1/64ミニカーは初期型らしくカウルの内側にタイヤが収まっている。形状的にはフロントの空気抵抗を少なくする良い形だ。

 後期型に見られるようなノーズにオイルクーラーも無い。

 車体後部のメカ露出が無い分、造形・製造は楽(?)かもしれない。

 

 理想を求めたマシンのカッコイイ姿がここにある。

デパイユ選手だけが立つ’77年F1日本GP表彰式2枚とマクラーレンM26が多重露光になってしまった


 観客が巻き込まれるクラッシュの対応不備に抗議した優勝のジェームス・ハント選手と2位のカルロス・ロイテマン選手が表彰式をボイコット(―という事になっている)。3位のデパイユ選手だけで一応表彰式の体裁を保つ形となった。

 
 レース終了間際に敗れた金網からパドックに侵入したドルフィンと友人は、表彰台の真下で表彰式を見ていた。デパイユ選手と黄色いシャツを着たフェラーリのスタッフによるシャンパンシャワー。降り注ぐシャンパンの香りはガキには“臭い”だけだった。

 今ではシャンパン大好きなのに…。


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