日本で勝利したハントのマクラーレンM26 ミニチャンプス1/43デカール貼り
ビギナー、デカール貼りに挑戦する【21】 1/43スケール編

ニキ・ラウダ選手とのタイトル争いに勝利し、1977年シーズンはディフェンディングチャンピオンとなったジェームス・ハント選手。第5戦からゼッケン「1」を付けた新車、マクラーレンM26が投入された。
実際のところM26は前年の終盤には完成していたが、旧型M23の性能が安定して高かったので1戦だけ走ったのみで翌年まで投入が見送られた経緯がある。車両レギュレーションが毎年変わる近年では考えられない事だ。
シーズン後半9戦は表彰台かリタイアかのどちらかという浮沈の激しいナーバスな印象がある。
それでもドルフィンは名車の誉れも高いM23より全体がシャープになったM26の方がカッコイイと感じる。
観戦に行った'77年F1日本GPで優勝した好印象もある。
’77年日本GP/ハント選手のマクラーレンM26
日本GP決勝を観戦していたのは最終コーナーの入り口付近。富士スピードウェイのコース図で言うなら“一番下”になっている部分だろう。
前年同様、祖父のコンパクトカメラに36枚フィルム1本だけ持って行った。だが前年と異なるのは“流し撮り”という撮影技術があるのを知った事だった。実際にやってみたのはこのレースが初めてだ。
アクシデントで次々に強力なライバルが消えていったハント選手は独走状態だった。
そんなレース中、ハント選手がこちらに向かって手を振っているではないか。追いつくマシンもなく、余裕のファンサービスか? と思えた。
―当時のドライバーは、ヘルメットの開口部にスカートのような防火シートを取り付けていた。そのシートが“なびいて”手を振っているように見えていただけ―これが事実だった。
レース後、モーターホームなど無かったためテントの下で多くの人に見られながらも堂々着替え始めたハント選手。
世界チャンピオンが多くの人々の前でパンツ一丁になったのだ。しかも黄色いブリーフ。インパクトがあった。
M23入手時より3年くらい遅れて発売になったミニチャンプス1/43ミニカーのマクラーレンM26。カラーリングやドライバーを変えて続々とシリーズが発売されている。
自主規制で消されていたマールボ○のロゴをデカールで貼る時がいよいよやってきた。
買ってきたM26用デカールはM26シリーズをカバーできるように'77年用と'78年用がセットになっている。日本GP仕様ではシートの1/4ほどしか使わないが、スペアがあると思えば安心できる。
貼る場所は少ないが、コクピット風防の内側やヘルメットといった難易度の高い部分がある。

表彰式と多重露光になってしまったがゴール直後のマクラーレンM26
台座に取り付けたままだと「台紙の背」が邪魔になって車体右側が貼り難いので、初めて台座から外し作業する事に。
風防の内側など普通はどうやって貼るのだろう? ドライバーの腕のロゴもセットになっているが、ロゴが入る位置はカウルに接していて見えないのに…。 やはりパーツを分解して貼り付けているのだろうか?
パーツを分解するなど、ドルフィンにとっては破壊行為と同様。そんなハイテクニックは使えない。軟化剤をたっぷり塗ったデカールをピンセットで風防との間に差し込む。赤/白のロゴ風部分の上に上手く重なるように貼り付ける。ぷるぷると震える手。
一度貼り付けてしまうとなかなか修正できない。ここはチョイトばかり歪んでしまった。
ノーズのオイルクーラー上にも“網風”デカールを貼り付ける。ラジエーターの造形が細かいギザギザになっているために、すぐにズレてしまってなかなか位置が定まらない。
ギザギザに添わせないと乾いたら剥がれてしまうだろうから、ドライヤーを当てて馴染ませる。
左右フロントタイヤの間に位置する赤と白の境目は、よく見ると滲んだ状態になっていた。“白山”の頂点のデカールを貼ろうとしたのだが、元々がキッチリとした塗装ではなかったので境目が上手く合わない。
スペアとして残していた'78年用の“白山”を少しだけカットして角度を狭くして再度貼り付けることにした。
ハント選手のヘルメットにはデカデカとマールボ○のロゴが入っている。白抜き文字をヘルメットに貼り付けるが、ほぼ球面なので位置を決めるのが難しかった。
ここでふと気付く。「マクラーレンM23のデカールセットにはこのデカールはなかったぞ?」。デカールを貼り終わっているM23を見なおしてみるとハント選手のヘルメットは黒のままだった。何故気づかなかったのだろう?
スペアのデカールでM23のヘルメットにも貼らなくてはならない。これこそスペアがあって良かった~。
ハント選手の最後のGP優勝となった'77年日本。
'77年シーズンは本格的にF1に興味を持ち、雑誌等で情報を吸収するようになった年。さらには漫画やアニメ作品の数々でテーマにもされているので、ドルフィンには印象的なシーズンであり、参戦したマシンたちは大好きだ。すこしずつ'77年参戦マシンを集めたいと思っている。

