「ドリキン土屋圭市」の名を馳せた アドバンキャロット倉田トレノ
トヨタ・スプリンタートレノAE86型のバリエーションで「イニシャルD 藤原豆腐店」号と並んで有名なのがアドバンキャロット倉田トレノだ。
後々超人気ドライバーとなる土屋圭市選手が峠の走り屋からプロデビューした富士フレッシュマンレースで開幕6連勝。「賞金ドロボウ」と呼ばれるまでの勝ちっぷりをして一躍名を馳せた時のマシン。
本来、プロとアマチュアの狭間にある富士フレッシュマンレース参加車両でこれほどまで多くミニカー化されたマシンは後にも先にもこの一台だろう。
それほどまでに土屋選手の人気は絶大であり、伝説的なものなのだと感じる。
小さいものは数年前にブルボン缶コーヒーに付いた1/72ミニカー
有名な割りに細かい資料が残っていないのだが「倉田トレノ」との名称なのだからエントラントは「倉田自動車」なのだろう。だが、ウインドウにはライバル関係にある「レシングプロジェクト・バンドウ」のステッカーが貼られている。これは一体どういう事なのだろうか? ご存じの方がおられましたら教えて下さい。
R32GT-RやNSXに乗る頃にはマシン的にドリフトをする事が無くなった土屋選手だが、JSSジャパン・スーパースポーツ・セダン・レースでは健在だった。
Gr.AやF3参戦の傍ら富士のサポートイベントであるJSSにもRSファインRX-7で参戦していた土屋選手。Gr.A落ちのスカイラインGTS-Rに勝つために軽量を生かしてRX-7がスタートで先行し、コーナーではドリフトを使ってブロックしながら走っていた雄姿が忘れられない。
ファンサービスもあるのだろうが「実戦でドリフトをつかっている!」と感激した。
ちなみに'91年の富士F3000レースが大雨で中止になり“追っかけ生”放送予定だった放送枠は最初で最後のJSSのフルTV放送となった。
かつてスカイラインGT-Rで大雨の中50勝目を挙げた高橋国光選手のようにブッチギリのトップを走行した土屋選手。チェッカー目前の最終コーナーをサービスのドリフトで立ち上がったものの雨に足を取られ、あわやコンクリートウォール直撃か?―と思わせるほど大きくスライド。観ていてヒヤリとした。
体制を立て直して優勝を果たしたが本人も「クラッシュするかと思った」とコメントするほどだった。

土屋圭市選手を崇拝する静岡の友人から頂いたエムテックの1/43ミニカー。
'99年頃に発売されたらしいが今や絶版状態になっている希少モデル。台座の一部が突起していてそこにシールで車名が貼り付けられている。
車内にはロールバーが張られていて“市販車に色付け”しただけのミニカーとは違い、完全にレース仕様として造りあげられている。
その点、ブルボン缶コーヒーの1/72ミニカーは市販車のカラバリだった。
前後ワイパーやリアウインドウの感じも出ている。足元はアドバンホイールが輝く。
元々スタイルの良い86トレノだが、アドバンカラーになり一層カッコ良さが出ている。

’91年に初めて頂いた土屋圭市選手のサイン
まだアルファベット書き

